環境・衛生薬学トピックス

キノコの毒について

広島大学大学院医歯薬学総合研究科 古武弥一郎
 食用キノコは我々の食卓に欠かせないものですが、一方で毒を持つキノコも数多く存在し、毎年のように死亡事故が報告されています。ここではキノコの毒について紹介します。
 テングタケ属に分類されるドクツルタケ、タマゴテングタケ、シロタマゴテングタケ、フクロツルタケ、タマゴタケモドキは特に毒性が強いことで知られています。これらの主要毒性成分はアマトキシンと総称されるα—アマニチンを基本構造とする8つのアミノ酸が結合した環状ペプチドです。遺伝子解析を行った最近の研究により、α—アマニチンは35アミノ酸からなる前駆体タンパクから、ある種のタンパク分解酵素により生合成されることが予想されています。1)アマトキシンは消化管からの吸収が早く、経口摂取された場合1時間程度で肝細胞に取り込まれます。その毒性は真核細胞のII型RNAポリメラーゼに対する特異的阻害作用に基づき,タンパク質合成が阻害されるため,結果的に肝臓や腎臓などの組織が破壊され、スポンジ状になって死に至ります。ヒトの致死量は約0.1 mg/kgです。解毒処置としては胃洗浄が有効ですが、吸収は早いものの症状が現れるのが食後10~15時間後と遅いため、気付いたときには既に手遅れになっていることが多いのも死亡事故が多い一因となっています。これらの毒キノコにはファロトキシンという毒も含まれますが、腸管から吸収されにくいため毒性を示さないことが知られています。
 一方、同様にテングタケ属に分類されるテングタケ、ベニテングタケには神経に作用する毒も含まれます。そのうちのひとつであるイボテン酸は、薬学研究者の故竹本常松博士らによりイボテングタケから単離されたことからこの名がつけられました。イボテン酸はアミノ酸の一種でその化学構造がグルタミン酸に類似することから、中枢神経系に最も豊富に含まれる神経伝達物質グルタミン酸の受容体アゴニストとして作用し、興奮毒性とよばれる強力な興奮作用を引き起こします。また、このイボテン酸は容易に脱炭酸し、ムシモールという毒物に変化します。ムシモールは、抑制性伝達物質であるγ-アミノ絡酸(GABA)の受容体アゴニストとして作用し、その致死量はイボテン酸と比較して数倍低いとされています。このようにイボテン酸を含むテングタケ類を摂取すると、興奮と抑制が同時に起こる複雑な中毒症状が現れる結果、精神錯乱、意識混濁、躁うつ、ときには幻覚の後、深い眠りに落ちることが知られています。イボテン酸ムシモールの毒性も強力であるものの、激しい嘔吐作用のため死亡に至ることは稀です。
 その他、サイロシンまたはサイロシピン(サイロシンのリン酸化エステル)を含むキノコはマジックマッシュルームとよばれ、その多くはシビレタケ属、ヒカゲタケ属に属しています。セロトニン神経に作用し、幻覚作用および向精神作用を発現することから、若者を中心に濫用が拡大しました。その結果、日本においては近年麻薬原料植物に指定され、その使用、輸入、栽培等が法的に規制されるようになりました。
 毒キノコについて解説してあるホームページ (http://www.edu.shiga-u.ac.jp/db/kinoko/ 他) もありますが、野生のキノコの判別は専門家にとっても非常に難しいため、安易に食べるのは注意する必要があります。

【参考資料・文献】
 1) Hallen et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 19097-19101 (2007)

日本薬学会 環境・衛生部会

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