環境・衛生薬学トピックス

ナノ粒子について

徳島文理大学薬学部 角 大悟
 我々の生活する環境中には、様々な化学物質が氾濫しておりますが、そのなかでも大気汚染物質は非意図的に人体に侵入することから健康影響の面で重要な因子です。大気汚染物質には、窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)のようなガス状物質のほかに浮遊粒子状物質(SPM)があります。SPMのなかでも特に粒径が2.5マイクロメートル(マイクロメートルはミリメートルの1,000分の1の単位)以下の微小粒子(PM2.5)は、その粒径の小ささ故に肺の深部に容易に到達することから、健康に影響を与えることが明らかとなっております。
 最近になり、PM2.5よりさらに微細な粒径0.05マイクロメートル以下の極めて微小な粒子(ナノ粒子)の人体への影響が懸念される一方、工業あるいは医薬品への応用開発が進むなど注目が集まっています。本稿では、このナノ粒子について最近の知見を含め紹介したいと思います。
 ナノ粒子は自動車のアイドリング時や、加速および減速時に多く発生しており、それによる生体への影響が危惧されています1)。各国でナノ粒子に起因する毒性について研究が始まっていますが、国立環境研究所の井上健一郎博士ら2)は、実験動物を用いた検討で、アレルゲン投与によって惹起されるアレルギー性気道炎症が、ナノ粒子との併用投与によって増悪されることを明らかにしています。しかしながら、その性状、環境動態、および人体への影響などについては未解明なことが多いのが現状です。
 一方、ナノ粒子は医薬品への応用開発が進められております。特に効果的に薬剤を輸送するシステム(ドラッグデリバリーシステム:DDS)に対する革新的な技術として寄与しており、これにより治療効果の向上や副作用の低減と同時に、患者のQOL(Quality of Life:生活の質)の大幅な向上が期待されています。例えば、ガン細胞が正常細胞よりも細胞の成長のためにできるだけ多くの葉酸を必要とすることに着目し、粒径がナノメートル程度のポリマー(重合体)に抗ガン剤および葉酸を付着あるいは封入させることで、正常細胞への影響を最小限に抑えつつガン細胞へ直接抗ガン剤を導入するシステムについて研究が進んでいます。また、喘息の治療薬として使用される薬剤にナノ粒子を応用することで、肺の深部に薬剤を到達させることができるのではないかと期待されています。このような医薬品に対する応用開発のほかに工業的にも広く応用されており、ナノ粒子の様々な特性を利用することにより、ディスプレイや記録媒体などへの技術革新に大いに寄与しています。
 このようにナノテクノロジーの発達により我々の生活の利便性が格段と向上することが期待されますが、同時にその安全性にも留意しなければいけません。しかしながら今現在、ナノ粒子の毒性などに関する研究結果が不足しているために、その安全性を評価する統一的な見解が得られておりません。産・官・学が一体となってナノ粒子の安全性評価システムを構築することが望まれます。

【参考資料・文献】
1) Nel A. Air pollution-related illness: effects of particles. Science 308:804-806;2005
2) Inoue K., Takano H. et al. Effects of nano particles on cytokine expression in murine lung in the absence or presence of allergen. Arch. Toxicol. 80:614-619;2006.

日本薬学会 環境・衛生部会

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