環境・衛生薬学トピックス

放射線の健康影響について

摂南大学薬学部 木村朋紀
 先日、オバマ米大統領が今年のノーベル平和賞受賞者に決定したというニュースが世界を駆け巡りました。授賞理由の一つに、「核兵器のない世界」への「期待と希望」が挙げられています。放射性物質の兵器としての利用の話はさておき、近年、核医学診断など、医療面での放射線利用が積極的に行われるようになり、放射線は身近な存在になってきました。その一方で、多くの人は、「放射線」=「体に良くないもの」と考えていると思います。
 地球上のほとんどの物質は多かれ少なかれ放射性物質を含み放射線を放出し、また、透過力の強い放射線(宇宙線)が私たちに降り注いでいます。したがって、普通の生活をしていても、ある程度、放射線被曝を受けています。その被曝量は1年間に約2.4 mSvと言われています。また、この量には地域差があり、日本国内で0.4 mSvの差があることや、ブラジルのある地域では10mSvであることが知られています。それでは、どれくらいの線量を被曝したら健康影響が現れるのでしょうか。
 放射線健康影響については、被曝線量が増すにつれてその重篤度が増す確定的影響と、被曝線量が増すにつれて障害の発生率が増す確率的影響に分けて説明されています。確定的影響は、身体的急性影響でみられ、これより少ない被曝線量では健康影響が確認できないという、閾値が存在することが知られています。放射線を一気に多量に浴びると、身体的急性影響としてリンパ球数が一過性に減少します。線量が高くなるにつれて、骨髄、消化管、循環器・神経系に症状が現れ重篤になります。なお、多量の急性被曝は我々の日常生活では考えにくいことですから、このような確定的影響よりも、日々の生活や診断等に由来する低線量の被曝による確率的影響の方が重要であると言えます。確率的影響には、固形がんや白血病、さらに遺伝的影響などがあります。確率的影響には閾値はない(すなわち低線量でも発がんリスクが存在する)と考えられています。したがって、どれぐらい被曝線量が少なければ安全であるのか、その判断は難しいですが、日本では、一般公衆の被曝限度(医療被曝は除く)は年間1 mSvと定められています。これらは、国際放射線防護委員会(ICRP)勧告の「がんによる死亡リスク係数」(0.05sv -1)に基づいて決定されています。この係数は、1 Svの被曝により、100人に5人ががんで死亡する可能性があるということを意味しています。つまり、1 mSvの被曝では、10万人に5人となります。一方、胸のX線検診で 0.06mSv、胃のX線検診で4 mSv、胸部のX線CT検査で7 mSv程度の被曝を受けます。これら検査による被曝量が一般公衆の被曝限度よりも高いにもかかわらず許容されているのは、被曝による健康影響が発生するかもしれないという「リスク」と、検査を受けることで疾病の早期発見・診断などができるという「ベネフィット」とのバランスによるものです。つまり、ある程度リスクはあるかもしれませんが、診断を受けることで受ける恩恵の方が大きいと考えられるためです。なお、先のリスク係数に基づくと、100~ 200mSvの被曝では10万人あたり500~1000人のがん患者が発生することになりますが、広島、長崎の原爆被爆者の疫学調査ではこのような現象は認められていません。つまり、「10万人中5人」というリスク係数から設定された1 mSvという値には十分なゆとりがあります。核医学診断などにより放射線被曝を受けますが、この被曝によるリスクはほとんどないと考えられます。

【参考資料・文献】
1) 日本アイソトープ協会 アイソトープ豆知識
http://www.jrias.or.jp/index.cfm/8.html
2) 高度情報科学技術研究機構 原子力百科事典
http://www.rist.or.jp/atomica/index.html

日本薬学会 環境・衛生部会

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