環境・衛生薬学トピックス

狂犬病について

大分県立看護科学大学 吉田成一
 狂犬病狂犬病ウイルスにより引き起こされる致死性の人獣共通感染症(ヒトと動物の両方で感染、発症する感染症)で、ヒトや犬だけでなく、すべてのほ乳類が感染します。日本では、ほとんど発症例がない病気でなじみが少ない感染症ですが、海外では多くの国が狂犬病の脅威にさらされています。実際、毎年インドでは30,000人以上、中国では2,000人以上が狂犬病により死亡しているとされています。また、アメリカでは2010年2月にニューヨークにあるセントラルパーク内で狂犬病のアライグマ39匹が確認されています。
 狂犬病ウイルスはラブドウイルス科リッサウイルス属に属する比較的大きな砲弾型のウイルスです。狂犬病を発症している動物に噛まれ、動物の唾液中に存在する狂犬病ウイルスが傷口より体内に侵入することでヒト(や動物)に感染します。一方、現在までのところ、極めて特殊な例を除き、ヒトからヒトへの感染は確認されていません。しかし、狂犬病を発症したヒトの唾液中には狂犬病ウイルスが含まれていますので、発症者の唾液により、傷口や粘膜から感染する可能性はあります。体内に侵入した狂犬病ウイルスは神経系を介して脳神経組織に到達し発症するため、咬傷の部位により感染から発症までの潜伏期間が異なります。例えば、顔を噛まれた場合は2週間程度、足を噛まれた場合は数ヶ月から数年という潜伏期間となります。発症すると、恐水症(水を恐れる症状)、恐風症、興奮、麻痺、精神錯乱などの神経症状が生じ、その後、全身麻痺が起こり、最後は昏睡状態、呼吸障害により死に至る過程をとります。狂犬病には確立されている治療法はないため、毎年5万人以上が亡くなっており、発症後に回復した例として、これまでに10例弱があるのみで、その致死率はほぼ100%です。
 狂犬病の予防法として、感染前のワクチン接種による予防や、発症前(感染動物に噛まれた後)に曝露後ワクチンの接種が重要となります。海外、特にインドなどの東南アジアで狂犬病が疑われるイヌや野生動物に噛まれたり、ひっかかれたりした場合、傷口を石けん水でよく洗い、消毒薬やエタノールで消毒し、すみやかに医療機関を受診する必要があります。海外では、繋がれていないイヌや野生生物など飼い主が不明な動物には近づかないようにすることが重要です
 日本では1950年に狂犬病予防法を制定し、飼い犬の登録、ワクチン接種の義務化、野犬の駆除、狂犬病発症動物の抑留等を規定しました。飼い主はワクチン接種を年に一回イヌ(政令ではネコやアライグマなども)に行うことを義務づけました(接種回数は年二回の時期もありました)。これらを徹底的に実施したことで、狂犬病予防法制定からわずか6年後の1956年に6頭のイヌが狂犬病を発症したという報告を最後に狂犬病発症の報告は、1970年にネパールを旅行中に犬に噛まれた1人、2006年にフィリピンを旅行中に犬に噛まれた2人が発症したという報告があるだけです(これは日本が島国であり、外からの狂犬病侵入が難しいという面もあります)。しかし、現在では、ワクチンの接種率は飼い犬として登録されているイヌ全体の8割以下であり、さらに登録済みの飼い犬と同数程度の未登録の飼い犬(そのため、飼い犬全体でみると予防接種率は4割程度となります)や野犬の存在、また海外から輸入されるイヌの頭数も増加していることから、いつ狂犬病ウイルスが日本国内に侵入してもおかしくない現状にあります。イヌの狂犬病発生件数とヒトでの発生件数は関連していることから、イヌに狂犬病予防注射を必ず行うことで、狂犬病の猛威からヒトやイヌを守る必要があります。

【参考資料・文献】
参考リンク
1) 厚生労働省ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/index.html
2) 国立感染症研究所感染症情報センターホームページ
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k03/k03_18/k03_18.html
3) 外務省海外安全ホームページ
http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info.asp?num=2010C070

日本薬学会 環境・衛生部会

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