環境・衛生薬学トピックス

低出生体重児と生活習慣病リスク

徳島文理大学薬学部 川上隆茂
 世界保健機構(WHO)では、胎児の在胎期間に関わらず、2,500g(5.5ポンド)未満で生まれた乳児を低出生体重児と定義しています。低出生体重児が生じる原因として、早産(妊娠37週以前の分娩)と胎児成長の阻害(子宮内胎児発育遅延)が考えられています。低出生体重児は、出産前後(周産期:妊娠後期22週間~生後1週間)の病気にかかる率や死亡率が正常児よりも著しく高く、また成人後に生活習慣病を発症しやすいことが明らかとなり1)、周産期医療だけではなく生涯を通じた健康における大きな課題となっています。経済協力開発機構(OECD)のデータによると、2011年の低出生体重児の割合は、北欧諸国(アイスランド、スウェーデン、フィンランド)、エストニアおよび韓国では、全出生児の5%以下であるのに対して、新興国(インド、南アフリカ、インドネシア)、トルコおよび日本では9%を超えています。我が国では、乳児死亡率はOECD諸国の中でも極めて低い割合(2.4人/1000人当り)にも関わらず、低出生体重児出生率は、1980年から年々増加しており2)、この状況は先進諸国の中でも極めて特異な状況であるといえます。低出生体重児の原因として、母体の栄養不良、胎盤機能不全、胎児および母体の疾患など様々な要因が示唆されています。多くの場合、本当の原因特定は非常に困難ですが、非妊娠時の母体の低体重や妊娠期に体重増加が著しく少ない場合では、低出生体重児発症リスクが高まることが知られています。
 近年、低出生体重児と成人期における2型糖尿病や虚血性心疾患の発症率との間には、人種や地域を問わず密接な関連性が報告されています3), 4)。最近では、低出生体重児と思春期早発症や非アルコール性脂肪性肝疾患との関係も指摘されています5),6)。では、どのような機構で生活習慣病が生じるのでしょうか。その機構の一つとして、胎児細胞内におけるDNAの化学修飾(メチル化)に代表される遺伝子の後天的な変化が考えられています。DNAの化学修飾により胎児の遺伝子機能の消失や異常発現が生じますが、これは母体の低栄養環境やストレスなど胎児にとって極めて過酷な環境に適応するための反応とされています。DNAの化学修飾は、個体発生の途中では劇的に変動しますが、一端完成するとこの現象は持続すると考えられており、この遺伝子調節機構の適応反応の範囲をこえた異常が、成長後の生活習慣病発症や健康に影響を与えるといわれています。
 我が国の女性の低体重(BMIが18.5未満;やせ)に属する割合(平成22年)をみると、20-29歳では29.0%、30-39歳で14.4%であり他の世代よりも「やせ」の割合が高いことが特徴です7)。この背景には、妊娠可能世代の極めて強いやせ願望や不自然なダイエットが根底にあり、妊娠中毒症を防ぐための妊婦の過度な体重抑制、喫煙率の増加、未熟児医療の進歩などと併せて、我が国における低出生体重児の増加に寄与している可能性が考えられています。特に、女性に必要なエネルギーや各種栄養素の摂取量が確保されていない現状に対して、厚生労働省では「妊産婦のための食生活指針」により、妊産婦のみならず妊娠前の適切な体重管理や食生活の重要性を提唱しています。実際、栄養素項目の一つでありDNAの化学修飾に関与する葉酸の母親における欠乏は、児の神経管閉鎖障害発症と相関することが知られており、低出生体重児との関連性も指摘されています。さらに、実験動物において母体を低栄養にすると、その仔の肝臓において心血管疾患や代謝調節に関連するDNAのメチル化の低下が生じ、将来の生活習慣病発症リスクが高くなる可能性が示唆されましたが、葉酸を母体に補強することで仔のDNAメチル化の低下を防止することが明らかとなりました8), 9)。妊娠中だけではなく妊娠前からビタミン・ミネラルなど付加的にとるべき栄養素も考慮に入れ、過不足なく栄養を摂取することによる適切な体重管理が、次世代の生活習慣病予防として重要です。


【参考資料・文献】
1) UNICEF and WHO (2004), Low Birthweight: Country, Regional and Global Estimates, UNICEF, New York.
2) OECD: Health at a Glance 2011
http://www.oecd.org/health/healthpoliciesanddata/healthataglance2011.htm
3) Barker DJ. et al., Fetal nutrition and cardiovascular disease in adult life. Lancet, 341, 938-41. (1993)
4) Harder T et al., Birth weight and subsequent risk of type 2 diabetes: a meta-analysis. Am J Epidemiol 165, 849-57. (2007)
5) Alisi A. et al., Non-alcoholic fatty liver disease and metabolic syndrome in adolescents: pathogenetic role of genetic background and intrauterine environment. Ann Med 44, 29-40. (2011)
6) Proos L. and Gustafsson J. Is early puberty triggered by catch-up growth following undernutrition? Int J Environ Res Public Health 9, 1791-1809. (2012)
7) 厚生労働省:平成22年 国民健康・栄養調査結果の概要
8) Lillycrop K. A et al., Dietary protein restriction of pregnant rats induces and folic acid supplementation prevents epigenetic modification of hepatic gene expression in the offspring. J Nutr 135, 1382-1386. (2005)
9) Lillycrop K. A et al., Induction of altered epigenetic regulation of the hepatic glucocorticoid receptor in the offspring of rats fed a protein-restricted diet during pregnancy suggests that reduced DNA methyltransferase-1 expression is involved in impaired DNA methylation and changes in histone modifications. Br J Nutr 97, 1064-1073. (2007)

日本薬学会 環境・衛生部会

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