環境・衛生薬学トピックス

食品中に含まれる放射性物質のはなし

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構・食品研究部門 八戸真弓
 最近、農研機構食品研究部門の見学に来る大学生の方々に東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、原子力発電所事故)の話題を投げかけると「(当時は)中学生でした。」という返事が返ってきて、軽い驚きとともに時間の経過を実感します。2011年3月からすでに5年半以上が経過していますが、食品中の放射性物質への国の対策は、事故直後から現在もなお粛々と継続されています。いまさらと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、時間が経過した事故当時と違った状態で、改めて食品に含まれる放射性物質に対する取り組みとその現状についてご紹介します。
 国内産の食品に含まれる放射性物質の基準として、原子力発電所事故直後の2011年3月に食品衛生法において暫定規制値が設定されました。その後、2012年4月から暫定規制値に替わり新たに基準値が設定され、現在もこの基準値に基づいて食品の検査が実施されています。暫定規制値から基準値に替わったことで、一般食品(飲料水、牛乳、乳児用食品以外のすべての食品)の基準値は、放射性セシウムで500 Bq/kgから100 Bq/kgへと、より低い濃度になりました。暫定規制値の500 Bq/kgは、年間の追加の放射線量5 mSv以下に基づいて設定されており、食品の安全性は確保されていると示されています1)。しかし厚生労働省は、より一層の食品の安全と安心を確保する観点から、食品中の放射性物質を達成可能な限り低く抑え、市場に流通している食品の半数(50%)が汚染されていると仮定した上で、食品の国際規格を作成している国際食品規格委員会(Codex Alimentarius Commission)の指標に基づいて、年間の追加の放射線量を1 mSv以下に引き下げて基準値を100 Bq/kgに設定しました1)
 食品中の放射性物質の基準値は、放射性物質なのに、放射性セシウム以外の核種は対象ではないの?」と疑問を持たれる方がいらっしゃるかもしれません。基準値は、原子力発電所事故で放出された放射性物質のうち、半減期が1年以上の核種(セシウム134、セシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム、ルテニウム106)すべての影響が考慮されています。セシウム以外の他の核種は、測定に非常に時間がかかるので、他の核種の影響はセシウムと他の核種の比率を用いて算出され、基準値にそれらの影響が反映されています。セシウム濃度を基準値の指標として用いているのは、新鮮であることが求められる青果や鮮魚、精肉などの生鮮品を含む食品中の放射性物質をできる限り迅速に幅広く把握するためだと考えられます。食品中の放射性ストロンチウムおよびプルトニウムも決して分析されていないわけではなく、厚生労働省により定期的に分析されており、どちらの核種も原子力発電所事故以前の調査結果と同じ濃度の範囲内であると報告されています2)。食品中の放射性物質の検査は、国が定めるガイドライン3)に基づいて、検査対象の地方自治体(17都県;青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島、茨城、栃木、群馬、千葉、埼玉、東京、神奈川、新潟、山梨、長野、静岡)により実施されています。検査結果はすべて厚生労働省のHPに公表されており、誰でも閲覧することができます。農林水産省はこれまでの検査結果を集計し、農畜水産物(農畜水産物を加工・調理した食品を含む)における基準値超過品数の割合(2012~2016年)を公表しています4)。その結果によると、超過割合の年次推移は年々低下しており、2015年4月~2016年1月では全検査品数に対する超過割合数の割合は0.09 %となっています。
 農産物は加工や調理して食品として摂取される場合がほとんどです。それらの加工・調理過程での放射性セシウムの濃度や量の変動が調べられています5)。例えば、日本人の主食である米の場合、玄米に含まれる放射性セシウムは、糠(胚芽含む)に約60 %、胚乳(白米部分)に約40 %が分布しています。よって、糠をすべて除去した精白米は、玄米に含まれる約60 %の放射性セシウムが除去され、精白米の放射性セシウム濃度は玄米の約1/2に低下します。さらに、精白米を炊飯する場合の洗米過程において、精白米に含まれる約40 %の放射性セシウムが洗米水へ移行します。洗米による放射性セシウムの除去効果に加え、炊飯時の加水(重量比は約2)により、炊飯米の放射性セシウム濃度は、炊飯前の精白米の約0.3倍に低下します。玄米は一例ですが、加工や調理過程では、非可食部の除去や水への溶出、加水による希釈により、放射性セシウムの量や濃度が低下することが分かっています。
 農畜水産物の放射性セシウム濃度は年々低下傾向にあること、さらに加工・調理により放射性物質が除去されていることを紹介することにより、農畜水産物およびその加工品に含まれる放射性物質の正しい理解の一助となることを期待します。


 キーワード: 放射性物質、放射性セシウム

【参考資料・文献】

1)厚生労働省 医薬・生活衛生局 生活衛生・食品安全部「食品中の放射性物質の対策と現状について」 (http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/20131025-1.pdf)

2)厚生労働省「食品中の放射性ストロンチウム及びプルトニウムの測定結果(平成27年9-10月調査分)」 (http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000133523.html)

3)厚生労働省 「食品中の放射性物質に関する「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」の改正」 (http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000117411.html)

4)農林水産省「Ensuring food safety, Food Monitoring Result (Annual Transition of Tate of Exceeding Standard Limits)」 (http://www.maff.go.jp/j/export/e_info/pdf/160930_eigo_part2.pdf)

5)八戸真弓,濱松潮香,川本伸一,国内農畜水産物の放射性セシウム汚染の年次推移と加工・調理での放射性セシウム動態研究の現状,日本食品科学工学会誌,62,1-26 (2015)

(2016年12月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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