環境・衛生薬学トピックス

患者数の増加が著しい非結核性抗酸菌症 (特にMycobacterium avium complex 感染症について)

国際医療福祉大学薬学部 多田納 豊
非結核性抗酸菌(nontuberculous mycobacteria : NTM)は、抗酸菌の中で、結核菌に代表される結核菌群やらい菌以外の抗酸菌の総称です。そのなかでも、 Mycobacterium avium complex (MAC) は、我が国のNTM感染症 のおおよそ89%を占める、最も患者数が多い NTMです1)NTMは、現在、150種類以上の菌種が知られており、日本においてはMAC症の他に、およそ30種類以上の菌種によるNTM感染症が報告されています。なお、遺伝学的分類ではM. aviumM. intracellulareという別々の菌種であるものを、これら2つの菌種の性質が非常によく似ていることから、まとめて“MAC”と呼んでいます。近年、我が国ではNTM感染症が急激に増加しており、2007年には推定罹患率が10万人あたり5.7人であったものが、2014年には10万人あたり14.7人となっています1)。単純に日本の総人口で換算すると、年間18000人以上罹患していると推定されることになります。特に、中高年の女性を中心とした肺MAC症の増加が目立っています。 MACは、土壌、池や沼などの水系、トリやブタなどの動物といった自然環境や、浴室内や水道水などの居住環境に生息し、主な感染源として、家庭内の水回り(お風呂場、シャワーヘッドなど)や農業やガーデニングなどの際の土壌が強く疑われています。一方、結核の様なヒトからヒトへの感染はおこらないと考えられています。 MACはヒトに対して、主に肺感染症を引き起こし、咳、痰、血痰などの呼吸器症状や、微熱、全身倦怠感、体重減少などの全身症状が現れます。しかし、症状がなく健康診断などで偶然にMACに罹患している事が見つかる場合も多くあります。また、稀にリンパ節炎、胸膜炎、骨髄炎や皮膚疾患などを引き起こす場合もあります。MAC感染症は、従来、既に肺疾患を有する人に感染するいわゆる二次感染型での感染が多いと言われていました。しかし近年では、基礎疾患や喫煙歴のない人に感染するいわゆる一次感染型の患者が、中高年女性を中心に急増しています。また、HIV感染者やその他の易感染性宿主では、MACに感染し易くなります。現在までのところ、MACの感染を予防する方法は、確立していません。その理由として感染経路や感染の原因が明らかになっていないことが挙げられます。ただし、ガーデニング・農作業などの際や、水仕事をする際には、マスクを着用することを心がけることや、菌が生息しやすい家庭の水回り(お風呂場やシャワーヘッドなど)をこまめに掃除し清潔に保つことで、ある程度、感染を防ぐことができると考えます。 MAC症の治療は、治療効果を高めることと多剤耐性菌の出現を抑えることを目的として、リファンピシン、エタンブトール、クラリスロマイシンの多剤併用療法が原則であり、必要に応じてストレプトマイシンやカナマイシン、またはアミカシンをさらに併用することとなっています2)。しかし、MAC症は、このような治療を行ったとしても、(1) 菌の増殖速度が遅いため抗菌薬の効果が得られにくい、(2) 菌株ごとに薬剤感受性が異なり薬剤耐性菌も存在する、(3) 多クローン性の感染をしている、などの理由で治療に難渋することが多くあります。さらに、多くの場合、(1) 病状の進行が非常にゆるやかであること、(2) 治療期間が長期間となること、(3) 長期内服治療により副作用が出現しやすいこと、(4) 再感染や再発が認められることから、いつ化学療法を開始するのか、いつまで治療を続けるのかについて、現在の指針では治療期間は菌陰性化注1)後最低12か月間となっているものの、十分な根拠に基づいたものではなく、明確な基準はありません2,3)。 長期的な投薬治療を必要とし、治療に難渋することも多い抗酸菌に対して、既存のものよりも強力で副作用の少ない新しい抗菌薬の開発が望まれています。 しかし、抗菌薬の開発は一筋縄ではいきません。そのような状況においては、既存の抗菌薬による治療に何らかの免疫修飾剤注2)を併用して、宿主の免疫能を増強、または組織傷害を引き起こしてしまう過度の炎症反応を制御することにより、抗菌薬の治療効果の向上をねらう「免疫補助療法」も有望な方法であると考えられます4)。抗酸菌は細胞内寄生性の細菌であり、感染防御にはマクロファージ注3)をはじめ好中球注4)、1型ヘルパーT(Th1)細胞注5)などが働く細胞性免疫が重要な役割を担っています。筆者らは、マウスを用いたMAC感染実験において、MACの感染により特徴的な形質を備えたマクロファージが誘導され、さらにそのマクロファージにより17型ヘルパーT(Th17)細胞の分化が増強されることを報告しました5)。Th17細胞は、炎症反応を引き起こし、病原体の殺菌に働くとともに、組織傷害を強く誘導するという二つの側面を持ちます。このTh17細胞を適切に制御できれば、感染宿主の殺菌力を高めることや、病状の悪化を防ぐことができる可能性があります。また筆者らは、生体内に豊富に存在するadenosine 5’-triphosphate (ATP)が、そのFeイオンキレート作用によりMACをはじめとする病原菌の増殖を抑制することを報告しました6)。今後、有効な免疫補助療法の開発に向けて、このような研究がさらに発展することが期待されます。

 キーワード: 非結核性抗酸菌(NTM)、Mycobacterium avium complex (MAC)

【参考資料・文献】

1) Namkoong H et al. Epidemiology of Pulmonary Nontuberculous Mycobacterial Disease, Japan. Emerg Infect Dis. 22, 1116-7 (2016)

2) 一般社団法人日本感染症学会,公益社団法人日本化学療法学会JAID/JSC感染症治療ガイド・ガイドライン作成委員会 呼吸器感染症WG. JAID/JSC感染症治療ガイドライン―呼吸器感染症―. 日化療会誌. 62, 1-109 (2014)

3) 日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会 日本呼吸器学会感染症・結核学術部会. 肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解―2012年改訂. 結核. 87, 83-86 (2012)

4) Tomioka H et al. Host-Directed Therapeutics against Mycobacterial Infections. Curr Pharm Des. in press

5) Tatano Y et al. Unique macrophages different from M1/M2 macrophages inhibit T cell mitogenesis while upregulating Th17 polarization. Sci Rep. 4, 4146 (2014)

6) Tatano Y et al. ATP exhibits antimicrobial action by inhibiting bacterial utilization of ferric ions. Sci Rep. 5, 8610 (2015)



注釈

注1) 菌陰性化:患者から排出される痰の中に抗酸菌が含まれていた状況から,治療などにより痰の中に菌が認められなくなることです。

注2)免疫修飾剤:病原菌に対する生体の免疫応答を強くしたり、反対に抑えたりする薬剤。

注3) マクロファージ:体内において病原体などの異物を食べ(貪食)、消化・殺菌したり、どのような異物が体内に侵入してきたのかヘルパーT細胞などの免疫担当細胞に教えたり(抗原提示)する細胞です。

注4) 好中球:マクロファージと同様に体内において病原体などの異物を食べ、消化をする細胞であるが、マクロファージと比べて殺菌力がとても強い細胞です。ただし、その強すぎる力によって組織に傷害を加えてしまうという側面も持ちます(炎症を引き起こす)。

注5) 1型ヘルパーT細胞:マクロファージに対して異物の貪食力や消化力を増強させる働きをもつ細胞です。


(2017年3月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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