環境・衛生薬学トピックス

RNA編集が体内時計の24時間リズムを生み出す

東京大学大学院理学系研究科 吉種光
 私たちは毎晩眠りにつき、毎朝目を覚まします。目覚まし時計があるから、と思う人もいるかもしれないですが、実は時刻情報のまったくない環境においても約24時間周期で寝起きを繰り返すことが知られています。 これは私たちが体内に時計を持っているから起こる現象であり、約24時間(概ね一日)周期の時計ということで概日(がいじつ)時計と呼ばれています。 では概日時計はどこにあるのでしょうか?実は全身の細胞、一つ一つの中に時計があることが分かっています1,2)。 個々の細胞の中では、時計遺伝子が転写翻訳を中心としたフィードバックループを形成しており、それぞれの遺伝子が必要とされる時刻にだけタンパク質を作り出すことにより、睡眠覚醒リズムだけではなく、様々なホルモン分泌や各臓器の機能パフォーマンスにリズムが生まれているのです。 そのため、世界中を飛び回って時差ボケを繰り返したり、定期的な夜勤によるシフトワーク、不規則な生活などで概日時計が壊れてしまうと、不眠症になるだけでなく、発ガンや肥満、高血圧、免疫異常などのリスクが上昇することが知られています。
 私たちは最近、この概日時計に「RNA編集」が重要な役割を担うことを発見しました。 それでは、RNA編集とはなんでしょうか?RNA編集とはゲノムから転写されたRNAの配列が細胞内で書き換えられる現象のことで、例えば、ADARと呼ばれるタンパク質はRNAのアデノシン(A)をイノシン(I)へと編集する酵素です。 これはA-to-I RNA編集と呼ばれており、Iは細胞の中ではグアノシン(G)と同じ働きをするため、ゲノム上はAであった部位がRNA上ではGへと書き換えられたことになります。RNAの立体構造を変化させたり、RNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を変えてしまいます3)
 私たちは、24時間周期の体内時計の分子的なしくみについて研究してきました4-8)。 例えば、時計遺伝子の一つであるCLOCKが、時刻依存的にリン酸化されるとDNAに結合できなくなることを報告し4)、実際にCLOCKがリズミックに標的DNA配列に結合して、様々な遺伝子を必要な時刻にだけ転写していることを示しました6)。 この解析の過程で、A-to-I RNA編集の鍵酵素ADAR2がCLOCKによるリズミックな転写制御を受けて、昼と夜とでそのRNA発現量に大きな差が生まれることを見つけました8)。 実際に、多く編集部位においてそのRNA編集効率に概日リズムが検出されました。 ADAR2は概日時計の制御を受けてA-to-I RNA編集のリズムを生み出すだけではなく、概日時計の周期の決定にも重要であることがわかってきています。 このように概日時計やその機能出力リズムに関わる遺伝子を発見することにより、例えばADAR2の機能を調整する薬を開発して体内時計のリズムや全身の機能をコントロールできる時代が来るかもしれません。

 キーワード: 概日時計ADARCLOCK

【注釈】
概日時計:シアノバクテリアからヒトまで地球上のほぼすべての生物が概日時計を持っており、リズミックな環境変化に適応しています。その存在は古くから直感的に理解されていましたが、1971年にRonald KonopkaとSeymour Benzerにより概日時計の壊れたショウジョウバエが作成されました。その原因を追求して13年後の1984年、Jeff HallとMichael RosbashのグループとMichael Youngのグループが独立に時計遺伝子Periodを同定しました。この時計遺伝子の同定を中心とした研究成果に対して2017年にノーベル生理学・医学賞が与えられました。

ADAR:Adenosine deaminases acting on RNAの略。A-to-I RNA編集をする酵素で、ヒトではADAR1、ADAR2、ADAR3の3つの遺伝子が知られています。 他のRNA編集としては、APOBEC (Apolipoprotein B100 RNA editing catalytic subunit)によるシチジン(C)からウリジン(U)への変換もあります。

CLOCK:Circadian locomotor output cycles kaputの略。 マウスを用いて順遺伝学が行われ、1997年に哺乳類で最初の時計遺伝子としてJoe Takahashiらのグループにより同定されました。 Periodの同定から13年後のことです。これをきっかけに概日時計の分子的な仕組みが次々と示され、現在のフィードバック制御モデルが明らかとなりました。

【参考資料・文献】

1)Balsalobre et al., A serum shock induces circadian gene expression in mammalian tissue culture cells., Cell, 93:929–937, 1998.

2)Balsalobre et al., Resetting of circadian time in peripheral tissues by glucocorticoid signaling., Science, 289:2344–2347, 2000.

3)Higuchi et al., Point mutation in an AMPA receptor gene rescues lethality in mice deficient in the RNA-editing enzyme ADAR2., Nature 406:78-81, 2000.

4)Yoshitane et al., Roles of CLOCK phosphorylation in suppression of E-box-dependent transcription., Mol Cell Biol., 29:3675-3686, 2009.

5)Yoshitane et al., JNK regulates the photic response of the mammalian circadian clock., EMBO Rep., 13:455-461, 2012.

6)Yoshitane et al., CLOCK-controlled polyphonic regulation of circadian rhythms through canonical and noncanonical E-boxes., Mol Cell Biol., 34:1776-1787, 2014.

7)Pekovic-Vaughan et al., The circadian clock regulates rhythmic activation of the NRF2/glutathione-mediated antioxidant defense pathway to modulate pulmonary fibrosis., Genes Dev., 28:548-560, 2014.

8)Terajima, Yoshitane, et al., ADARB1 catalyzes circadian A-to-I editing and regulates RNA rhythm., Nat Genet., 49:146-151, 2017.



(2017年10月13日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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