環境・衛生薬学トピックス

必須微量元素、亜鉛の体内での働きに関する研究の最前線 〜疾患の発症との関連・治療への応用〜

帝京大学薬学部 環境衛生学研究室 長田洋一
 生物の生存に不可欠な必須元素の1つとして知られる亜鉛は、成人の生体内において、微量金属元素としては、鉄に次ぐ2 gが含まれています。亜鉛の重要性は一般的にもよく知られ、欠乏症としては創傷治癒遅延、生殖機能低下や味覚異常が有名です。亜鉛は200種を超える酵素の機能に必須であり、zinc fingerモチーフに代表される亜鉛結合部位に結合することで、タンパク質の構造や機能の適切な制御において重要な役割を果たします。このように生体機能調節における重要性は既に知られている亜鉛なのですが、最近の研究から、 “亜鉛といえば細胞増殖、酵素活性”という従来の概念に留まらない、亜鉛の未知の機能や、疾患発症との関連が明らかとなってきました。

 亜鉛の腸管からの吸収メカニズムや輸送を担う分子が明らかになり、新たな亜鉛欠乏症の1つとして、腸性肢端性皮膚炎という炎症性疾患が報告され、先天的あるいは後天的要因による亜鉛の腸管吸収異常が、本疾患発症の原因になることが判明しました1,2)。脳では神経細胞に亜鉛が高濃度で貯蔵され、神経伝達を制御している、つまり記憶認知に亜鉛が関わっているということが報告されました。脳の海馬における細胞外亜鉛濃度を適切に保つことが、記憶の長期増強に影響を与えるという実験結果3)は、記憶のメカニズムの解明、さらには、老齢化による亜鉛濃度の上昇が認知症の発症メカニズムに関与する可能性を示しています。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症にも、亜鉛が関わっています。ALSの発症原因である運動神経細胞の変性は、原因がいくつかあるのですが、そのうちの1つは、銅や亜鉛が活性に必要なSOD1という抗酸化酵素の構造異常だとわかり、この酵素の異常を見つけることがALSの早期発見につながる可能性がでてきました4)

 亜鉛自身を薬として利用しようとする研究も進みつつあります。亜鉛糖尿病については、「I. 重篤な糖尿病状態になると血清亜鉛量が減少する。II. 膵臓における亜鉛はインスリン分泌に重要である。」との報告があり、亜鉛が糖代謝において重要な働きを担っていることが分かってきました。そのため、亜鉛そのものを膵臓に指向性良く送ることでインスリンの活性を高めて、糖尿病治療を目指す研究もおこなわれています5)。さらに、唾液に含まれる消化酵素アミラーゼや糖尿病薬の標的酵素の一つである糖分解酵素α-グルコシダーゼには、亜鉛によって酵素活性が低下するサブタイプがあることから、亜鉛によって糖の分解・吸収を妨げることで、糖尿病治療へ発展させようとする研究もあります6)

 亜鉛は通常の食事をしていれば8 mg/日程度摂取され、亜鉛不足になることはないのですが、偏食や食事制限などで肉や魚などに由来するタンパク質の摂取量が減少すると、それに伴い亜鉛の摂取量が低下する傾向にあります。亜鉛は牡蠣やレバーなどの高含有食材や、時にはサプリメントなどで補うことも可能なので、健康維持のために摂取に努めたいミネラルですが、過剰症も知られているので、極端に過剰な摂取とならないようにしたいです。

 キーワード: 亜鉛腸性肢端性皮膚炎認知症筋萎縮性側索硬化症(ALS)糖尿病

【注釈】
zinc fingerモチーフ: 特定のDNA配列に対する親和性を持つタンパク質の構造で、そのDNA配列への結合は、その構造に亜鉛が配位したときにおこる。転写因子など、DNAと結合して機能するタンパク質にみられる。

【参考文献】

1)Küry S. et al., Expression pattern, genomic structure and evaluation of the human SLC30A4 gene as a candidate for acrodermatitis enteropathica. Hum Genet., 109, 178-185, 2001.

2)Hashimoto A. et al., Properties of Zip4 accumulation during zinc deficiency and its usefulness to evaluate zinc status: a study of the effects of zinc deficiency during lactation. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol., 310, R459–R468, 2016.

3)Takeda A. et al., Weakened intracellular Zn2+-buffering in the aged dentate gyrus and its involvement in erasure of maintained LTP. Mol. Neurobiol., doi: 10.1007/s12035-017-0615-2, 2017.

4)Tokuda E. et al., Immunochemical characterization on pathological oligomers of mutant Cu/Zn-superoxide dismutase in amyotrophic lateral sclerosis. Mol. Neurodegener., 12, 2, 2017.

5)Naito Y. et al., Bis(hinokitiolato)zinc complex ([Zn(hkt)2]) activates Akt/protein kinase B independent of insulin signal transduction. J. Biol. Inorg. Chem., 21, 537-548, 2016.

6)Yoshikawa Y. et al., Inhibitory effect of CuSO4 on α-glucosidase activity in ddY mice. Metallomics, 2, 67-73, 2010.


【参考資料】

厚生労働省 平成27年国民健康・栄養調査報告(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/dl/h27-houkoku.pdf

衛生化学詳解 第2版 上巻(京都廣川書店) p.427-428.



(2018年1月12日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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