環境・衛生薬学トピックス

衛生微生物学的に安全・安心な宇宙居住を目指して

大阪樟蔭女子大学 健康栄養学部 一條知昭

 宇宙での長期滞在はミールや国際宇宙ステーション(ISS; International Space Station)などで実験的に行われており、日本人の宇宙飛行士も2009年に若田宇宙飛行士がISSに長期滞在して以降、複数の宇宙飛行士がISSに長期滞在しています。また、月軌道に有人拠点を構築する月軌道ゲートウェイ計画、さらには月面有人探査や火星有人探査も計画されており、有人宇宙居住は身近になりつつあります。宇宙居住環境は、微小重力や宇宙放射線による曝露、明暗サイクルの変化(ISSでは90分)、また閉鎖環境での居住にともなう精神・心理的ストレスなど地上とは大きく異なる環境です。すなわち、ヒトも含めた生態系に地上とは異なる影響を与える可能性が考えられています。

 宇宙居住環境における微生物とヒトとの関係について着目してみると、宇宙居住環境に存在する微生物は、主にヒトに由来していることが明らかとなっています1,2)。また、微小重力下では、微生物の集合体であるバイオフィルムの形成過程とその様式が地球上で観察されたものと異なることが報告されています3)。宇宙飛行中には地上と比べて細菌の病原性が変化し4)、宇宙飛行士の免疫系はストレスにより減弱する可能性も示唆されています5)。すなわち、微生物が病気を起こす力と宿主(ヒト)の抵抗力との関係に影響が及び、場合によっては宇宙居住空間滞在中の衛生微生物学的な安全・安心が脅かされる可能性も考えられます。宇宙居住空間において微生物学的な安全性を確保するには、この環境に存在する微生物の全体像を正しく理解し、適切に管理していくことが必要です。

 宇宙環境における微生物の全体像を把握するためには、環境微生物叢、微生物量(バイオバーデン)、および微生物動態を理解する必要があります。環境中の微生物の解析には、従来は培養法を基本とする手法により行われていました。しかし、環境中の微生物の大部分は通常の培養法では培養できないことが明らかとなり、環境微生物の実像を理解するため、培養に依存しない手法の利用が進んでいます6,7)宇宙居住環境においても、新たな手法での環境微生物の解析が実施されています1,2,8)。米国航空宇宙局(NASA)においては、ISS内の環境微生物叢を解析、データベース化するための実験が実施されており、ISS内の微生物に関するデータが報告されつつあります8)。日本においては、2009年以降、著者らのグループが宇宙航空研究開発機構(JAXA)と協力して、ISSの日本の実験モジュール「きぼう」で環境微生物の継続的なモニタリングを行っています2,9)。宇宙飛行士によって、「きぼう」船内の表面から微生物をサンプリングしたのち、冷凍状態で地上に運搬され、研究室で分析を行いました。その結果、「きぼう」に存在するほとんどの細菌はヒト常在する微生物叢の構成している細菌であることがわかり、これらの細菌は宇宙飛行士に由来する可能性が考えられました。また、細菌量は地上で使用されている実験室と比べ10分の1〜100分の1程度と少ないことも明らかとしました。すなわち、ISS「きぼう」内は気流の制御や消毒剤による清拭などで微生物は良くコントロールされているが、その一方、ヒトが存在する限り、微生物、特にヒト由来の微生物を除去することが難しいことがわかりました。したがって、宇宙居住環境では、微生物が存在することを理解したうえで適切な管理を行い、ヒトと環境中の微生物が共存していくことが重要と考えられます。

 前述のように、ISSに存在する微生物の分析は、ISSで収集したサンプルを地上の実験室に輸送し進められています。しかし、長期的な宇宙居住を必要とする有人宇宙探査などにおいては、微生物のハザードに迅速に対応するためには、地上に持ち帰るのではなく、「その場で」、「リアルタイム」に微生物を解析する技術が望まれます。現在、米国や日本では、サンプルを地球上に戻すことなく、宇宙居住環境で微生物を解析するための試みが進められています。近い将来、ISSなどの宇宙ステーションにおいて微生物量や微生物叢の測定が可能となり、対策が必要かどうかをリアルタイムで判断することができると考えています。

 宇宙で実現した技術は、地上に還元されることが重要です。例えば、食品の微生物汚染や異物混入などを防ぐための方法として、食品衛生管理の方式として国際的に広く取り入れられている「危害要因分析重要管理点(HACCP)」システムは、NASAで宇宙食の安全確保のために開発した手法が原点となっています。現在、宇宙居住環境での微生物モニタリングに用いられている手法は、地上において微生物学的に制御されている環境である医薬品製造や食品製造などの環境微生物モニタリングに応用可能であり、空気や水、表面の環境微生物の管理への貢献が期待されています10)。なお、これらの方法は、日本薬局方第17改正に参考情報として紹介されています11)

 人間の宇宙長期滞在が近い将来の実現を目指し計画されています。これから、地上とは大きく異なる環境に足を踏み出すことになることから、滞在するヒトの安全・安心を確保するための取り組みが必要となります。15の宇宙機関から構成される国際宇宙探査協働グループ(ISECG)のロードマップでは、有人宇宙探査について克服すべき課題として、放射線、心理的ストレス、地球から遠く離れること、重力影響、閉鎖にともなう環境への影響を挙げています。研究分野の多様性が高い環境・衛生薬学分野では、貢献できる領域が多いのではないでしょうか。

キーワード:モニタリング微生物モニタリング宇宙居住


【参考資料・文献】
1) Venkateswaran K, Vaishampayan P, Cisneros J, Pierson DL, Rogers SO, Perry J. International Space Station environmental microbiome - Microbial inventories of ISS filter debris. Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 6453–6466 (2014).

2) Ichijo T, Yamaguchi N, Tanigaki F, Shirakawa M, Nasu M. Four-year bacterial monitoring in the International Space Station—Japanese Experiment Module “Kibo” with culture-independent approach. NPJ Microgravity, 2, 16007 (2016).

3) Kim W, Tengra FK, Young Z, Shong J, Marchand N, Chan HK, Pangule RC, Parra M, Dordick JS, Plawsky JL, Collins CH. Spaceflight Promotes Biofilm Formation by Pseudomonas aeruginosa. PLoS One, 8, e62437 (2013).

4) Wilson JW, Ott CM, Höner zu Bentrup K, Ramamurthy R, Quick L, Porwollik S, Cheng P, McClelland M, Tsaprailis G, Radabaugh T, Hunt A, Fernandez D, Richter E, Shah M, Kilcoyne M, Joshi L, Nelman-Gonzalez M, Hing S, Parra M, Dumars P, Norwood K, Bober R, Devich J, Ruggles A, Goulart C, Rupert M, Stodieck L, Stafford P, Catella L, Schurr MJ, Buchanan K, Morici L, McCracken J, Allen P, Baker-Coleman C, Hammond T, Vogel J, Nelson R, Pierson DL, Stefanyshyn-Piper HM, Nickerson CA. Space flight alters bacterial gene expression and virulence and reveals a role for global regulator Hfq. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 104, 16299–16304 (2007).

5) Borchers AT, Keen CL, Gershwin ME. Microgravity and immune responsiveness: Implications for space travel. Nutrition, 18, 889-898 (2002).

6) Rappé MS, Giovannoni SJ. The Uncultured Microbial Majority. Annu. Rev. Microbiol., 57, 369–394 (2003).

7) Staley J, Konopka A. Measurement of In Situ Activities of Nonphotosynthetic Microorganisms in Aquatic and Terrestrial Habitats. Annu. Rev. Microbiol., 39, 321–346 (1985).

8) Checinska Sielaff A, Urbaniak C, Mohan GBM, Stepanov VG, Tran Q, Wood JM, Minich J, McDonald D, Mayer T, Knight R, Karouia F, Fox GE, Venkateswaran K. Characterization of the total and viable bacterial and fungal communities associated with the International Space Station surfaces. Microbiome, 7, 50 (2019).

9) Ichijo T, Hieda H, Ishihara R, Yamaguchi N, Nasu M. Bacterial monitoring with adhesive sheet in the International Space Station-"Kibo", the Japanese Experiment Module. Microbes Environ., 28, 264–268 (2013).

10) Kawai M, Ichijo T, Takahashi Y, Noguchi M, Katayama H, Cho O, Sugita T, Nasu M. Culture independent approach reveals domination of human-oriented microbes in a pharmaceutical manufacturing facility. Eur. J. Pharm. Sci., 137, 104973 (2019).

11) 微生物迅速試験法. 日本薬局方第17改正. pp.2419–2420 (2016).

(2020年3月3日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

pageの上へ戻るボタン