環境・衛生薬学トピックス

必須微量元素「セレン」:セレノシステイン含有タンパク質の機能

北里大学薬学部 衛生化学教室 松岡正城

 セレンは、一般的になじみのある元素ではないと思いますが、古くから過剰に摂取すると中毒症を引き起こすことが知られています1)。一方で、セレンの欠乏が主な原因であると考えられている疾患も知られています。中国で1935年頃に多発した風土病の一つである克山病(Keshan disease)と呼ばれる心不全を主症状とした多臓器疾患です。つまり、セレンは、ヒトを含む多くの生物の体内で様々な機能を発揮している必須微量元素なのですが、必須性と有害性の二面性を有する興味深い栄養素です。今回は、そのセレンの必須性(良い面)に焦点を当てて紹介したいと思います。

 セレノシステインは、システインの硫黄がセレンに置き換わった構造をもつアミノ酸です。セレンセレノシステイン残基の形でポリペプチド鎖中に含有するセレンタンパク質と総称されるタンパク質の働きによって生物におけるセレンの必須性は証明されています2)。代表的なセレンタンパク質としては,グルタチオン依存的に過酸化物の除去を担うグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)、酸化還元状態(レドックス)の制御に関わるチオレドキシンレダクターゼ、甲状腺ホルモンの代謝に関わるヨードチロニン脱ヨウ素酵素、組織へのセレン運搬等に関わるセレノプロテインPなどがあります2)

 その中でも、セレノシステインをタンパク質中に一つ含有するGPxファミリーのうちの一つで、生体膜脂質の酸化によって生じたリン脂質過酸化物の除去を生体内の主要に担っている抗酸化酵素であるGPx4について機能を紹介します。GPx4の活性中心のセレノシステインをシステインに変化させると抗酸化酵素としての機能を充分に発揮させることができないことから、GPx4セレン依存的にタンパク質としての機能を発揮していることがわかります。

 マウスにおいて、セレンタンパク質であるGPx4は、全身で完全に欠損させると酸化脂質の蓄積が起因となって発生過程の7.5 日から 8.5 日の間で致死となること3)、精巣・精子で、GPx4のタンパク質としての発現量が低下すると精巣組織の壊死が起き、重度の不妊症になること4)が見出されており、生体にとって必須なタンパク質であることが報告されています。ところが、同じGPxファミリーのGPx1を、マウスで欠損させても胎生致死にもならず不妊の症状も示しません。したがって、セレンの欠乏による克山病で起きる心不全を主とした多臓器不全症状の多くは、セレンタンパク質の一つであるGPx4が、機能不全を起こしたことが原因である可能性が高いと考えられます。

 これらのことから、哺乳動物では、セレンタンパク質であるGPx4が、セレンを含み充分に抗酸化酵素として機能を発揮して生体内のリン脂質の酸化還元の恒常性を維持することが、生体にとって生存するのに重要な働きであることがわかります。

 今回、本トピックスでは、生体におけるセレンの良い面にフォーカスを絞ってご紹介させていただきましたが、ヒトにおいてセレンの食事摂取推奨量は、年齢や性別にもよりますが、成人で25~30 µg/日であり、上限量は350~450 µg/日である5)とされています。近年、セレンがサプリメントに入っていることもありますが、日本人のセレンの平均摂取量は約100 µg/日であり、セレン欠乏の症例や過剰症の症例の報告はほとんどありません。サプリメントの不適切な利用による過剰摂取に注意が必要です。セレンには、必須性と有害性の両面があり、至適血中濃度幅が狭いため、セレンが比較的高濃度に含まれている魚介類を適度に摂取していただきセレンタンパク質が十分に機能を発揮できる環境を整えることが、健康を維持するうえで大事なことです。

キーワード:セレン、セレノシステイン、GPx4(グルタチオンペルオキシダーゼ4)

【注釈】
1)セレノシステイン:ヒトでは、一般的にタンパク質を構成するアミノ酸として20種類知られていますが、21種類目のアミノ酸として存在しています。システインとよく似た構造をしており、システインの硫黄(S)部分が、セレン(Se)に置き換わっています。セレン元素の反応性が高いため、酸化還元反応を制御するタンパク質などの反応性が高いタンパク質中にみられます。
2)グルタチオン:グルタチオンは、グルタミン酸・システイン・グリシンの3つのアミノ酸がペプチド結合したトリペプチドです。細胞内に存在する抗酸化物質の代表的なもののひとつとしてよく知られています。

【参考資料・文献】

1) 姫野誠一郎(1994)セレン ミネラル・微量元素の栄養学(鈴木継美、和田攻 編)第一出版 東京pp 423‒447.

2) Hatfield D. L., Schweizer U., Tsuji P. A., and Gladyshev, V. N. (2016) Selenium: Its molecular biology and role in human health, 4th ed., Springer Nature, New York, USA.

3) Imai H., Matsuoka M., Kumagai T., Sakamoto T., and Koumura T (2017) Lipid pe-roxidation-dependent cell death regulated by GPx4 and ferroptosis. Curr Top Micro-biol Immunol 403, 143‒170.

4) Imai H., Hakkaku N., Iwamoto R., Suzuki J., Suzuki T., Tajima Y., Konishi K., Minami S., Ichinose S., Ishizaka K., Shioda S., Arata S., Nishimura M., Naito S., and Nakagawa Y. (2009) Depletion of selenoprotein GPx4 in spermatocytes causes male infertility in mice. J Biol Chem 284, 32522‒32532.

5) 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」(2020年版)
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html

(2020年7月8日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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