環境・衛生薬学トピックス

オゾンの人体に対する作用

昭和大学 中谷 良人
 わが国の公害に対する苦情件数は大気汚染に関するものが最も多く、年間3万件前後を推移しています。特に大都市圏での光化学オキシダントによる大気汚染は改善がなかなか進まず、都内で年間20回程度光化学スモッグ注意報が発令されています(注意報は大気中の光化学オキシダント濃度が0.12 ppm以上の状況が継続すると判断されると発令されます、ppmは「百万分の一」を表す単位)。この光化学オキシダントのおよそ90%を占める成分がオゾン(O3)です。オゾンは酸素(O2)の同位体であり、酸素が強力な紫外線の照射を受けて生成しますが、大気が自動車排ガスに含まれる窒素酸化物や炭化水素により汚染されている状況で生じやすく、都市部において夏期の日中に高濃度になります。室内でも高電圧を用いる装置であるブラウン管テレビやコピー機などからも、臭気を感じさせる程度のオゾンが発生します。オゾンは生臭い特有の刺激臭をもつ薄青色の気体であり、労働衛生的許容濃度は0.1 ppmとされています。この濃度では、人体に対して目や咽喉などの粘膜を刺激するため、涙が出たり、のどが痛くなったりするし、0.5 ppm以上では明確な上気道への刺激、呼吸障害や胸痛が起こることが知られています。また、植物にも葉の変色や成長阻害などを引き起こします。
 地表付近のオゾン濃度が上昇すると上述のような弊害が起こりますが、オゾンは人類にとって有益な役割も持っています。例えば、約20 km上空にはオゾン層と呼ばれるオゾン濃度の高い部分が存在しており、太陽光のうち最も人体に有害な波長の短い紫外線(UV-C)を吸収して、地上に降り注ぐことを防いでいます。オゾン層の破壊は、このオゾン層が冷蔵庫の冷媒などに使用されていたフロンガスにより分解され、UV-Cの地上に到達する量が増加することにより皮膚の炎症や皮膚がんの増加を引き起こす可能性があるために話題を集めました。従って、現在では全世界的にフロンガスの使用が制限されています。また、オゾンは強い殺菌作用や消臭作用を有するだけでなく残留性も低いので、水道水の浄化や食品の殺菌にも用いられています。
 つまり、オゾンは毒にも薬にもなりますが、我々の身の回りに不必要に多く存在することは問題であることは間違いありません。これ以降はオゾンの人体に対する作用メカニズムについて最近の報告を2つ紹介して、その危険性について述べたいと思います。
 まず、気道に対するオゾンの作用を検討した報告です。Garantziotisらはオゾンによる気道過敏性の上昇(ぜん息を引き起こす原因)に、気管の粘膜に存在するヒアルロン酸の断片化が関係することを見つけました(1)。ヒアルロン酸は分子量100万を超える非常に長い鎖状の分子で、気道過敏を抑える作用があると考えられていますが、肺障害に伴って短いヒアルロン酸の断片が生じることが知られていました。そこで彼らは、マウスにオゾンを3時間吸わせると、短いヒアルロン酸の断片が検出されることを発見しました。次に、短いヒアルロン酸の断片をマウスの咽頭に投与すると、気道過敏性の上昇が見られました。以上の結果から、通常は気管粘膜に存在する長鎖のヒアルロン酸オゾン暴露により短いヒアルロン酸に断片化されて、気道過敏性を上昇させることが想定されました。
 これまでにオゾンは咽頭や気道の粘膜だけでなく皮膚の細胞にも障害を与えることが報告されています。そこで、Afaqらはヒト表皮細胞(皮膚の最外層を構成する細胞)に対するオゾン処理の影響を調べました(2)。生体が外界からの化学物質の侵入を感知すると、それらを解毒する酵素群が細胞内で増加することが知られています。彼らはまず、ヒト表皮細胞をオゾンにさらすと、解毒酵素群が細胞内で増加することを見つけました。次に、ダイオキシン(ゴミの焼却時に発生する猛毒)などの環境汚染物質と結合する多環状芳香族炭化水素受容体(AhR)と呼ばれる受容体が、オゾンによる解毒酵素群の増加に関係することを明らかにしました。すなわち、皮膚においてAhRオゾンのセンサーとして働くことが明らかになったわけです。  今回マウス気道とヒト皮膚表皮細胞を用いた解析でオゾンの作用メカニズムの一部が解明されました。すなわち、マウス気道粘膜においてはオゾンによる短いヒアルロン酸断片の生成が気道過敏性の上昇に関わり、皮膚の表皮細胞ではAhRオゾンを感知して解毒酵素群の発現を誘起するという生体防御機構が存在することが明らかになりました。どちらの場合でも、オゾンは生体にとって有害なもののようです。今後は環境汚染を引き起こさないように、上手くオゾンを利用する必要があるでしょう。

キーワード:オゾン、AhR、ヒアルロン酸

【参考資料・文献】
1) S. Garantziotis, Z. Li, E. N. Potts, K. Kimata, L. Zhuo, D. L. Morgan, R. C. Savani, P. W. Noble, W. M. Foster, D. A. Schwartz, J. W. Hollingsworth. Hyaluronan mediates ozone-induced airway hyperresponsiveness in mice. J. Biol. Chem. 284: 11309-11317, 2009
2) F. Afaq, M. A. Zaid, E. Pelle, N. Khan, D. N. Syed, M. S. Matsui, D. Maes, H. Mukhtar. Aryl hydrocarbon receptor is an ozone sensor in human skin. J. Invest. Dermatol. 129: 2396-2403, 2009

日本薬学会 環境・衛生部会

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