環境・衛生薬学トピックス
原油流出事故とバイオレメディエーション
北里大学薬学部 清野正子
2010年4月に米国ルイジアナ州メキシコ湾沖合で操業していた石油掘削施設が爆発し、海底油田から大量の原油がメキシコ湾全体に流出した。現在も原油回収対策が行われているが、史上最悪の原油流出事故であり、正確な汚染の規模やその環境影響は未だ計り知れない。最近では、原油を分解する新種の細菌がメキシコ湾で活動していることを米ローレンス・バークリー国立研究所の研究者らが突き止め、米科学誌サイエンスに発表した1)。水深1100 mから海水サンプルを採取して調べた結果、プロテオバクテリアにより原油が分解されていることが明らかにされた1)。このプロテオバクテリアはバイオレメディエーション(Bioremediation)に利用できると考えられた。バイオレメディエーションとは微生物や植物を利用して、土壌や地下水の汚染を修復する技術のことであり、1970年代に米国で石油の分解に微生物を利用したのが始まりである。バイオレメディエーションの適用例が多い米国では石油系炭化水素、炭化水素系溶剤、殺虫剤・防腐剤、PCB、ダイオキシン、重金属等の浄化が行われている。バイオレメディエーションは汚染土壌に元々生育している微生物に水、酸素、栄養物質を供給して汚染物質を浄化するバイオスティミュレーション(Biostimulation)と汚染物質の分解菌を新たに導入するバイオオーグメンテーション(Bioaugmentation)に大別される。
過去に起こった石油流出事故として、1991年の湾岸戦争での油田破壊、1997年のナホトカ号油流出事故などが挙げられるが、石油系化合物を分解・浄化する微生物は自然界に普遍的に存在しているので、いずれの流出事故においてもバイオレメディエーションが適用された。湾岸戦争においてはクウェート国内の600以上の油田が破壊され大量の原油が流出したが、1994年から1999年までの間に日本企業とクウェート科学研究所によりバイオレメディエーションに関する調査と実証試験が行われた。栄養塩の添加と酸素供給によるバイオスティミュレーションにより、約15,000m3の汚染土壌が浄化され、現在では植物が生育するまでになった2)。ナホトカ号流出事故では福井県周辺海域における水産資源への被害のみならず、生態系及び景観にも重大な影響をもたらした。1998年から2003年までの間に国立環境研究所により、栄養塩を散布し、土着細菌により重油を浄化するバイオスティミュレーションが実施された3)。
現在、日本での実施例が多いのはバイオスティミュレーションである。バイオスティミュレーションは汚染土壌に元々生育している微生物を活用するので、安全性が高いと考えられている。一方、バイオオーグメンテーションについては、汚染物質の分解菌を新たに導入することによる生態系への影響と安全性を考慮して、経済産業省・環境省の承認を受けて数例が実施されるのみである。バイオレメディエーションは温和な条件下、低コストで、低濃度で広範囲な汚染を処理できるため、土壌・水質汚染対策へのニーズの高まりとバイオテクノロジーの進展により、今後は環境ホルモンなどの化学物質の浄化への利用性が期待される。
【参考資料・文献】
1) | Hazen T.C. et al., Deep-Sea Oil Plume Enriches Indigenous Oil-Degrading Bacteria. Published online August 24, (2010) Science |
2) | http://www.obayashi.co.jp/service_and_technology/003detail20 |
3) | http://www.nies.go.jp/kanko/nenpo/h11/2-10-1.html |
日本薬学会 環境・衛生部会