環境・衛生薬学トピックス

新型コロナウイルス(SARS-CoV2)を分子レベルで理解する

東北医科薬科大学薬学部 色川隼人

 新型コロナウイルス(SARS-CoV2)による感染症(COVID-19)が世界中で流行し、我々の生活は大きく変わりました。新聞やテレビでは、毎日のように感染者数などのコロナウイルス関連ニュースが報道され、2020年11月現在、国内で累計10万人を超える感染者数が報告されています1)。一方で、治療薬やワクチン開発の基盤となる、SARS-CoV2の構造やヒト細胞内での増殖機構の基礎研究が、世界中の研究者によって行われおり、その分子メカニズムが明らかにされつつあります。

 ウイルスは、ゲノム(注1)としてDNAを持つもの(DNAウイルス)とRNAを持つもの(RNAウイルス)に大別されます。一般的に、RNAウイルスのほうが、DNAウイルスよりも変異しやすく、パンデミック(世界的な大流行)の原因となりやすいことが知られています2)コロナウイルスは、ヒトや動物に呼吸器感染症を引き起こすウイルスで、ゲノムとして一本鎖RNA(ゲノムRNA)を持つウイルスです。これまでにヒトに感染するコロナウイルス(CoV)として、上気道炎(いわゆる風邪)を引き起こすものが4種類、さらに、2002年に中国で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)、2012年にサウジアラビアで発生した中東呼吸器症候群(MERS)の原因ウイルス(SARS-CoV、MERS-CoV)2つを合わせて、計6種類が知られていました。SARS-CoV2は、ヒトに感染するコロナウイルスとしては7種類目で、SARS-CoVおよびMERS-CoVとの遺伝子配列相同性はそれぞれ80%と50%で、特にSARS-CoVと高い相同性を示します3,4)。また、SARS-CoV2と遺伝子配列相同性が高いコロナウイルスとして、コウモリ由来(相同性約96%)およびセンザンコウ(注2)由来(相同性約90%)のコロナウイルスが見つかっています3,5,6,7)。このことから、SARS-CoV2は、コウモリやセンザンコウから変異し、ヒトに感染するようになったと考えられていますが、詳細はわかっていません。

 SARS-CoV2は、ゲノムRNAにNタンパク質が結合し、その周りをエンベロープという脂質の膜が囲い、エンベロープにSタンパク質、Mタンパク質およびEタンパク質が埋め込まれ、ウイルス粒子を形成しています。脂質であるエンベロープは、アルコール(エタノールなど)で溶けるという特徴を持ちます。アルコール消毒が効果を示すのは、アルコールによってエンベロープを溶かし、感染力を低下させることができるためです。Nタンパク質はゲノムRNAの安定性に、Sタンパク質は宿主細胞への吸着、侵入に、Mタンパク質はウイルス粒子の形成に、Eタンパク質は粒子の形成と宿主細胞からの放出に、それぞれ関与しています(図参照)8,9)。これら4つのタンパク質は、ウイルス粒子中に存在し、構造形成に関与していることから、構造タンパク質と呼ばれており、これらを標的とするワクチンや抗ウイルス薬の開発が期待されています。

                

 SARS-CoV2がヒトの体内に侵入すると、Sタンパク質が、ヒトの細胞膜に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)(注3)という膜タンパク質を認識し、結合します10)。Sタンパク質はS1領域とS2領域に分かれており、S1領域とACE2が結合し、ヒト細胞に存在するTMPRSS2(注4)というタンパク質分解酵素がS1領域とS2領域を切断、その後S2領域がウイルスのエンベロープとヒト細胞の細胞膜との融合を行い、細胞内に侵入します11)。侵入したSARS-CoV2のゲノムRNAから、一本の巨大なタンパク質(ポリタンパク質)が作られ、その後Mpro、CLpro(注5)と呼ばれるタンパク質分解酵素が、ポリタンパク質を数種類のタンパク質へと分解します12)。ここで合成されたタンパク質は、ウイルス粒子中に存在しませんが、宿主細胞内でのウイルス増殖に必須なタンパク質で、非構造タンパク質と呼ばれています。非構造タンパク質には、ウイルスのゲノムRNAを合成するRNAポリメラーゼがあり、コロナウイルス治療薬として使用されているレムデシビル(商品名:ベクルリー)やその効果が期待されているファビピラビル(商品名:アビガン)は、このタンパク質を阻害することでSARS-CoV2の増殖を抑制します。宿主細胞内で合成されたゲノムRNAは、Nタンパク質と結合し、適切に折りたたまれ、Sタンパク質などの構造タンパク質と共にエンベロープを形成し、ウイルス粒子となり、細胞外へと放出されます。

 目には見えないウイルスを理解することは容易ではありません。しかしながら、世界中の研究者や医療従事者らの努力により、SARS-CoV2の構造や増殖機構が、分子レベルで明らかになってきました。前述したRNAポリメラーゼ阻害薬だけでなく、TMPRSS2やMpro、CLproを阻害する薬剤の開発も期待されています。また、Sタンパク質を標的としたワクチンの開発も行われています。私たち人類がこのウイルスを克服し、これまでの生活を取り戻す日は、そう遠くないかもしれません。

キーワード:SARS-CoV2コロナウイルス

【注釈】
(注1)ゲノム:生物が核酸(DNAまたはRNA)上に持つ、すべての遺伝情報。
(注2)センザンコウ:鱗甲目、センザンコウ科に属する哺乳動物。アフリカ大陸やアジアに分布し、主に森林やサバンナなどに生息する。カ
(注3)アンジオテンシン変換酵素2(ACE2):心血管系や腎機能の調節に関与するタンパク質で、様々な臓器や細胞に発現している。SARS-CoV2が、ヒト細胞に侵入するための受容体として機能することが明らかにされ注目されている。
(注4)TMPRSS2:ヒトの細胞に発現する、特定のタンパク質を切断する酵素のひとつ。前立腺や消化管、腎臓に存在、前立腺がんとの関係が指摘されている。
(注5)MproおよびCLpro:SARS-CoV2の持つタンパク質で、自身のポリタンパク質を適切に分解する活性を有する。

            

【参考資料・文献】
1) 厚生労働省ホームページ 国内の発生状況など https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html#h2_1

2) Duffy S. (2018) Why are RNA virus mutation rates so damn high? PLoS Biology, 16(8), e3000003.

3) Zhou, P., Yang, X.L., Wang, X.G., Hu, B., Zhang, L., Zhang, W., Si, H.R., Zhu, Y., Li, B., Huang, C.L., Chen, H.D., Chen, J., Luo, Y., Guo, H., Jiang, R.D., Liu, M.Q., Chen, Y., Shen, X.R., Wang, X., Zheng, X.S., Zhao, K., Chen. Q.J., Deng, F., Liu, L.L., Yan, B., Zhan, F.X., Wang, Y.Y., Xiao, G.F., Shi, Z.L. (2020) A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin. Nature, 579(7798), 270–273.

4) Wu, C., Liu, Y., Yang, Y., Zhang, P., Zhong, W., Wang, Y., Wang, Q., Xu, Y., Li, M., Li, X., Zheng, M., Chen, L., Li, H. (2020) Analysis of therapeutic targets for SARS-CoV-2 and discovery of potential drugs by computational methods. Acta Pharmaceutica Sinica. B, 10(5), 766–788.

5) Lam, T.T., Jia, N., Zhang, Y.W., Shum, M.H., Jiang, J.F., Zhu, H.C., Tong, Y.G., Shi, Y.X., Ni, X.B., Liao, Y.S., Li, W.J., Jiang, B.G., Wei, W., Yuan, T.T., Zheng, K., Cui, X.M., Li, J., Pei, G.Q., Qiang, X., Cheung, W.Y., Li, L.F., Sun, F.F., Qin, S., Huang, J.C., Leung, G.M., Holme,s E.C., Hu, Y.L., Guan, Y., Cao, W.C. (2020) Identifying SARS-CoV-2-related coronaviruses in Malayan pangolins. Nature, 583, 282–285.

6) Zhang, T., Wu, Q., Zhang, Z. (2020) Probable Pangolin Origin of SARS-CoV-2 Associated with the COVID-19 Outbreak. Current Biology, 30(7), 1346–1351.e2.

7) Nakagawa, S., Miyazawa, T. (2020) Genome evolution of SARS-CoV-2 and its virological characteristics. Inflammation and Regeneration, 40, 17.

8) Satarker, S., Nampoothiri, M. (2020) Structural Proteins in Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus-2. Archives of Medical Research, 51(6), 482–491.

9) Naqvi, A., Fatima, K., Mohammad, T., Fatima, U., Singh, I.K., Singh, A., Atif, S.M., Hariprasad, G., Hasan, G. M., & Hassan, M. I. (2020) Insights into SARS-CoV-2 genome, structure, evolution, pathogenesis and therapies: Structural genomics approach. Biochimica et Biophysica Acta-Molecular Basis of Disease, 1866(10), 165878.

10) Shang, J., Ye, G., Shi, K., Wan, Y., Luo, C., Aihara, H., Geng, Q., Auerbach, A., Li, F. (2020) Structural basis of receptor recognition by SARS-CoV-2. Nature, 581(7807), 221–224.

11) Hoffmann, M., Kleine-Weber, H., Schroeder, S., Krüger, N., Herrler, T., Erichsen, S., Schiergens, T. S., Herrler, G., Wu, N. H., Nitsche, A., Müller, M. A., Drosten, C., Pöhlmann, S. (2020) SARS-CoV-2 Cell Entry Depends on ACE2 and TMPRSS2 and Is Blocked by a Clinically Proven Protease Inhibitor. Cell, 181(2), 271–280.e8.

12) Zhang, L., Lin, D., Sun, X., Curth, U., Drosten, C., Sauerhering, L., Becker, S., Rox, K., Hilgenfeld, R. (2020) Crystal structure of SARS-CoV-2 main protease provides a basis for design of improved α-ketoamide inhibitors. Science, 368(6489), 409–412.

(2020年12月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

pageの上へ戻るボタン