環境・衛生薬学トピックス
ノロウイルスによる食中毒について
東北大学大学院薬学研究科 黄 基旭
ノロウイルスによる食中毒は1年を通して発生していますが、特に11月頃から増加し始め、12月〜翌年1月が発生件数のピークになる傾向にあります。厚生労働省の食中毒統計によると、ノロウイルスを原因物質とする食中毒が2006年度の総発生患者数の71%を占めており、2007年度は約55%、2008年度は約47%でした。ノロウイルスによる食中毒はカキなどの二枚貝の生食による感染が有名ですが、近年、ウイルスに感染した食品取扱者を介した食品の汚染が原因となっている事例が増加傾向にあります。
このウイルスはカリシウイルス科に属する小型球形ウイルスであり、表面を覆う構造蛋白質はカップ状の窪みが特徴的です。ウイルス粒子の内部には、ゲノム自体がmRNAとして機能し得るプラス鎖の一本鎖RNAを遺伝子として持っています。また、細菌のように食品中では増殖できず、ヒトの体の中でのみ増殖することができます。このウイルスには多くの遺伝子の型が存在しており、適切な動物培養細胞で実験室的に増殖させる方法が見つかっていないことから、ウイルスを分離して特定することが難しく、食中毒の原因究明や感染経路の特定が困難な場合があります。
ノロウイルスは100個以下の少量でも経口感染によってヒトの体の中に入ると、小腸の粘膜で増殖し消化器症状を引き起こします(感染性胃腸炎)。潜伏期間(感染から発症までの期間)は、1~2日であると考えられており、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛が主症状ですが、頭痛、発熱、悪寒などを伴うこともあります。発症後の経過は比較的よく、通常、1~2日で回復し後遺症が残ることもありません。現在のところ、ノロウイルスに効果のある抗ウイルス剤はありませんが、発症した場合は十分な水分補給を行い、脱水症を防ぐことが最も重要です。特に、乳幼児や高齢者、体力の弱っている者では重度の下痢による脱水や嘔吐物による窒息に注意が必要です。
予防を目的として食品を加熱する場合は、中心温度85℃以上で1分間以上加熱することや、食品取扱者の徹底的な衛生管理が重要です。調理器具類などは塩素系消毒剤(0.02%次亜塩素酸ナトリウム)で浸すように拭くことでウイルスを失活できます。また、このウイルスは乾燥すると容易に空中に漂い、これが経口感染する恐れがあるので、嘔吐物や糞便は乾燥しないうちに速やかに処理し、その後、ウイルスが屋外に出て行くよう空気の流れに注意しながら十分に換気を行うことも感染防止に重要です。
ノロウイルスは伝播力および感染力が非常に強く、わずかな接触で容易に感染してしまいます。また、このウイルスは症状が消失した後も1週間ほど(長い場合には1ヶ月程度)患者の糞便中に排出されることや、ヒトによっては感染しても発病せずに糞便から排出している場合もあるので、特にヒトへの二次感染に注意が必要です。さらに、前述したようにノロウイルスは様々な感染様式をとるために感染が拡大しやすく、症状が顕性化しやすい乳幼児施設や小学校、高齢者施設などの集団生活施設ではしばしば集団感染として急速に拡がる場合があるので、流行シーズン中は手洗いなどの基本的な予防策の徹底を図る必要があります。
【参考資料】
1) |
厚生労働省ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/040204-1.html |
2) |
国立感染研究所感染症情報センターホームページ
http://idsc.nih.go.jp/disease/norovirus/index.html |
3) |
東京都福祉保険局ホームページ
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/norovirus/index.html |
日本薬学会 環境・衛生部会