環境・衛生薬学トピックス
メラミンによる食品汚染について
愛知学院大学薬学部 藤原泰之
2007年に農林水産省から公表された意識調査(回答者数:1,569)によると、「食品の安全性」について関心がある人は実に98%(関心があるが62%、どちらかといえば関心があるが36%)にのぼると報告されています1)。わが国における食品の安全性に対する取り組みは、非常に高いレベルにあるといわれていますが、その一方で、食の安全を脅かす様々な問題が発生し続けていることが、この関心の高さの背景にあります。最近は、貿易の国際化や長距離輸送の普遍化などにより、輸入食品による問題も多く発生しています。ここでは、メラミンによる食品汚染について紹介します。
2008年9月に中国政府より、メラミンが不正に混入された乳児用調製粉乳が原因と思われる乳幼児の腎結石等の被害が報告されました。その後、わが国においても中国で製造された乳製品を使った食品から、次々とメラミンが検出され大きな社会問題になりました。メラミンは合成樹脂の主要原料であり、メラミン樹脂は建材や食器のコーティングなどに良く使われています。そもそも食品や食品添加物でないメラミンがなぜ食品に混入したのでしょうか?
世界保健機関(WHO)の報告によれば、水で薄めた牛乳のタンパク質量を高くみせるために、生乳にメラミンが数か月間にわたり故意に添加されていたことが判明しています2)。食品中のタンパク質含量は、製品の品質評価の重要な指標の一つであり、ケルダール法3)等の方法を使って、タンパク質を構成しているアミノ酸の窒素(N)含量を求め、そこからタンパク質含量に換算します(タンパク質中に窒素は約16%含まれています)。メラミン(C3H6N6)は、構造の中心のトリアジン環(C3H3N3)にアミノ基(-NH2)が3個結合した構造を有しており、1分子中に窒素を6原子含んでいます(図1)。したがって、メラミンを牛乳に添加することで簡単に窒素含量を増やすことができ、あたかもタンパク質が多量に存在する分析結果を得ることができるのです。消費者の安全よりも目先の利益を優先した製造業者のモラルの低さを感じます。
2009年1月現在、中国においてメラミンの摂取が原因とみられる泌尿器系に異常がみつかった患者数は29.6万人にのぼると報告されています。最も汚染された調製乳メーカーの製品によるメラミンの曝露量は、一日当たり8.6から23.4 mg/kg体重であったと推定されています4)。ラットを用いたメラミンの経口投与実験において、投与した動物の半数が死亡する量(これを半数致死量、LD50といいます)は、3,161 mg/kg体重であり、毒性は低いのですが比較的高用量で結石や体重抑制などの毒性が認められています5)。現在、WHOの「メラミンとシアヌル酸の毒性に関する専門家会合」4)では、ラットを用いた結果(13週間混餌投与によって膀胱結石が10%増加すると推定される用量に安全係数200を適用して算出)から、人が一生涯にわたって摂取し続けても健康に悪影響が出ないとされる一日量(これを耐容一日摂取量、TDIといいます)を0.2 mg/kg体重/日としています。また、メラミンの毒性は混在する類似化合物のシアヌル酸(メラミンのアミノ基が水酸基に置換したもの)の共存によって増強されることが報告されていますが、定量的な評価を行うには十分なデータが得られていないため、新たなデータを蓄積して再評価を行うべきであるとされています。 日本の食品安全は食品衛生法によって支えられており、安全性確保のため食品の検査管理体制がとられていますが、今回の食品へのメラミン混入は、関係者にとってまったく想定外であったと思われます。現在は、検査管理体制の強化が図られており、厚生労働省は、乳および乳製品並びにこれらを含む加工食品の輸入者に対してメラミンの検査を求め、食品からメラミンが検出された場合、検出した値にかかわらず「食品衛生法第10条(未指定添加物の販売等の禁止)違反として輸入を認めない」としています。当然のことながら、食べることは生きていく上での必須条件です。必要なものであるからこそ、食べ物は身体にとって健康に良いものであり、同時に安全であってほしいものです。
【参考資料・文献】
1) | http://www.maff.go.jp/j/press/2007/pdf/20070620press_1b.pdf |
2) | WHO (2008) Melamine and Cyanuric acid: Toxicity, Preliminary Risk Assessment and Guidance on Levels in Food, 25 September 2008. |
3) | 日本薬学会編:衛生試験法・注解2005, p.173, 金原出版 (2005). |
4) | Toxicological and Health Aspects of Melamine and Cyanuric Acid. Report of a WHO Expert Meeting In collaboration with FAO Supported by Health Canada, Ottawa, Canada 1–4 December 2008.
http://www.who.int/foodsafety/publications/chem/Melamine_report09.pdf |
5) | OECD (1998) Screening Information Data Set for Melamine, CAS No. #108-78-1.
http://www.chem.unep.ch/irptc/sids/OECDSIDS/108781.pdf |
6) |
国立医薬品食品衛生研究所ホームページ「食品の安全性に関する情報」
http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/index.html |
7) |
内閣府食品安全委員会ホームページ
http://www.fsc.go.jp/index.html |
8) |
厚生労働省ホームページ「食品安全情報」
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/index.html |
日本薬学会 環境・衛生部会