環境・衛生薬学トピックス
科学の目からみたアロマテラピー ~ペパーミントの効能を例に~
独立行政法人国立環境研究所 環境健康研究領域 小林弥生
アロマは「香り」、テラピーは「治療」という意味を持ち、芳香療法と訳されることもあります。一般的に、日本に普及しているアロマテラピーは美容や、香りによる癒しが中心のイギリス式アロマテラピーだと思いますが、最近は日本でも、フランス・ベルギーで医療として認められているアロマテラピー(メディカルアロマテラピー)も、心療内科や精神科のメンタルケアを中心に徐々に普及されるようになりました。また、メンタルケア以外にも、産婦人科でリラックス効果・鎮痛効果のある精油を出産の際に使用したり、アトピー性皮膚炎治療の治療に精油を用いている小児科や痛み・しびれ・神経痛などにアロマトリートメントを実践している整形外科もあります。精油に疾病治療効果があることは知られていましたが、アロマテラピーが疾病の治療に真に有効であるか否かは、精油の効能を科学的に証明する必要があります。精油の香りの元は、精油中に含まれるアルコール、エステル、オキサイド、フェノール、アルデヒド、ケトン等の揮発性の高い芳香物質です。精油は①吸入、②経皮、③経口によって体内に取り込まれ、血液に溶け込むことが考えられます1)。動物実験では、①~③の方法で精油を投与された動物の皮膚、血液、脳に精油の含有成分が検出されています2)-4)。脳からも含有成分が検出されたことから、末梢から導入された精油中の含有成分は血液、あるいは鼻粘膜から直接脳に至り、中枢神経系に作用を及ぼすと示唆されます。
ここでは、実験動物の行動試験を用いて、ペパーミントの中枢興奮作用について証明した研究5), 6)について紹介します。実験の結果、梅津らは、ペパーミントは中枢興奮作用を有する薬物であるカフェインと同様に、齧歯類の移所運動活性を高めたことから、ペパーミントには中枢興奮作用があると結論づけました。また、精油中には多種類の化合物が存在することから、ペパーミントの化学組成を分析し、各成分の効果を個別に検討したところ、メントール、メントン、イソメントン、シオネール、プレゴンおよびメンチルアセテートが有効成分であることを報告しました。含有成分単体での効果と、精油の有効成分の複合的な効果を比較した研究は報告されていませんが、少なくともこれらの研究結果から、精油の中枢薬理作用は精油中に含まれる有効成分(特定の化学物質)により発揮されることは証明出来るものと考えられます。では、精油中の有効成分はどのようなメカニズムで中枢薬理作用を発揮するのでしょうか。中枢興奮作用を発揮する薬物は、一般的にドパミンという神経伝達物質による情報伝達を変化させることで興奮作用を発揮します。そこで、梅津らはさらに、実際に脳内の神経伝達物質の変化を測定しました6), 7)。その結果、ブプロピオン(ドパミン作動薬)や、カフェイン、メチルフェニデートという中枢興奮薬と同様に、メントールによっても脳内ドパミン濃度が増加し、メントールが実際に脳内ドパミンに影響を及ぼすことが確認されました。ペパーミントには抑うつに対して治療効果があると言われていますが8)、これらの研究結果から、メントールによる中枢興奮作用が抑うつの改善に寄与している可能性が示唆されます。
精油の種類や含有成分の種類が多い為、その効能が科学的に証明されているのは、まだごく一部です。しかし、それが故に精油成分の分析と有効性の証明および作用機序の解明、あるいは薬剤への応用など、研究対象としての可能性や将来性があると考えられます。今後、精油の研究が進み、科学的にその効能が証明されることによって、アロマテラピーが美容・癒しとしてだけでなく、代替・補完療法としても広く普及することを期待します。
【参考資料・文献】
1) | メディカル・アロマテラピー アロマテラピーが受けられる病院 |
2) | 川端一永、横山信子、吉井友希子:医者がすすめる「アロマセラピー」決定版、マキノ出版、東京(2008) |
3) | 梅津豊司:エッセンシャルオイルの薬理と心-アロマテラピーの効能の科学-、フレグランスジャーナル社、東京(2010) |
4) | Perry N., Perry E. Aromatherapy in the management of psychiatric disorders, CNS Drugs, 20, 257-280 (2006) |
5) | 井上重治、山口英世:芳香浴における精油蒸気のマウス吸収、Aroma Res, 1, 72-79 (2000) |
6) | 井上重治、山口英世:芳香浴における精油蒸気のラット吸収と代謝、Aroma Res, 1, 77-81 (2000) |
7) | 井上重治、石原浩子、内田勝久、山口英世:アロマバス(芳香浴)における水難溶性テルペン炭化水素およびエステル成分の優先的マウス皮膚吸収と組成変動について、Aroma Res, 1, 77 75-83 (2000) |
8) | Umezu T., Sakata A., Ito H., Ambulation-promoting effect of peppermint oil and identification of tis active constituents, Phamracol Biochem Behav, 69, 383-390 (2001) |
9) | 梅津豊司:精油の中枢薬理作用の研究と最新動向、Jan J Arom, 9, 1-20, (2009) |
10) | Umezu T., Behavioral pharmacology of plant-derived substances (15), Effects of menthol on extracellular dopamine, serotonine, norepinephrine and their metabolites in mouse striatum. Comparison with effect of bupropion, methylphenidade and caffeine, J Pharmacol Sci, 100 (Suppl. 1), 63 (2006) |
11) | ロバート・ティスランド(高山林太郎訳):アロマテラピー-<芳香療法>の理論と実際-、フレグランスジャーナル社、東京(1985) |
日本薬学会 環境・衛生部会