環境・衛生薬学トピックス

花粉症予防治療に関する研究と今後の展望

東京理科大学薬学部 廣岡孝志
 日本国土の全森林の18%以上を占めるスギを原因とする季節性アレルギー疾患「スギ花粉症」の有病率は全国平均で29%に達しています。年齢別では特に30〜40代の壮年層の有病率が高く,今後,増加傾向にあるスギ花粉の飛散が社会生活や経済活動に与える影響が懸念されます1)。現在,花粉症の治療は,抗ヒスタミン薬などによりアレルギー症状を軽減させるといった対症療法が主流となっています。一方,アレルギー疾患の治療法として抗原特異的免疫療法「減感作療法」が知られており,花粉症の根治療法の1つとして注目されています2)
 花粉症の治療法を考えるにあたり,その発症メカニズムを整理しておくことは重要です。花粉症I型アレルギー疾患に分類され,花粉に特異的なIgE抗体を介した一連の組織傷害として理解されます。すなわち①花粉抗原が樹状細胞などの抗原提示細胞により取り込まれ,その一部が細胞外に提示されます。②この抗原提示によりナイーブT細胞のII型ヘルパーT細胞への分化が促進され,③II型ヘルパーT細胞が分泌したインターロイキン4による刺激によりB細胞から花粉抗原に特異的なIgE抗体が産生されます。④最終的にIgE抗体は肥満細胞や好塩基球上の受容体に結合し,脱顆粒やヒスタミンなどの化学伝達物質の放出を引き起こし,鼻水やくしゃみ等の症状を誘発します2)
 減感作療法は,スギ花粉エキスの濃度を徐々に上げていきながら数回に分けて皮下投与することにより患者の花粉に対する免疫寛容を獲得させる方法です。そのメカニズムはまだ十分に解明されていませんが,ナイーブT 細胞からII型ヘルパーT細胞への分化を減らし,逆にアレルギー反応を抑えるI型ヘルパーT細胞や抑制性T細胞への分化を促進させることにより,最終的にIgE抗体の生産を低減させると考えられています2, 3)。しかしながら,治療効果を得るために長期間の通院を強いられること,治療効果の個人差が大きいこと,さらに高い濃度の花粉エキスを皮下投与した場合にアナフィラキシーショックを引き起こす危険性があることなどから日本ではあまり普及していないのが現状です。一方,海外では,舌下に花粉エキスを投与することによりアナフィラキシーの発生を軽減させる舌下免疫療法が一般的に普及しており,日本でも導入が検討されています4)。また,最近になりスギ花粉中の抗原物質が同定されたことにより,アナフィラキシーの誘発を抑えながら免疫寛容を獲得させることを目的とした新しいスギ花粉ワクチンの開発とそれを用いた花粉症治療が検討されており,将来的に花粉症を根治することができると期待されます2)
 日常生活の中で行う花粉症予防も大切です。マスクや眼鏡の着用により花粉への接触を極力回避する方法は簡単で有効な予防方法です。うがい,洗眼,部屋の換気制限や花粉の掃除なども有効です1)。一方,食事療法による花粉症の予防も注目されています。最近では,東京理科大学の谷中昭典教授らの研究グループが,ブロッコリースプラウトに含まれるスルフォラファンやバナナの成分にはIgE抗体の産生抑制などの効果があり,花粉症の予防に有効である可能性を見出しています5,6)。今後,各食品中に含まれる有効成分とその作用メカニズムがより詳細に解明されることにより,食事療法による花粉症の長期予防や,その有効成分を薬物のリード化合物とした新しい花粉症治療薬の開発も期待できます。

【参考資料・文献】
1) 環境省花粉情報サイト
http://www.env.go.jp/chemi/anzen/kafun/
2) 石井 保之,スギ花粉症の予防・治療ワクチン,日薬理誌, 135, 250-253 (2010).
3) Jutel, M. et al., Mechanisms of allergen specific immunotherapy-T-cell tolerance and more., Allergy, 61, 796-807 (2006).
4) Okubo, K., and Gotoh, M., Sublingual immunotherapy for Japanese cedar pollinosis. Allergol. Int., 58, 149-154 (2009).
5) カゴメホームページ
http://www.kagome.co.jp/news/2010/100402.html
6) 読売新聞ホームページ
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/20101214-OYT8T00257.html

日本薬学会 環境・衛生部会

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