環境・衛生薬学トピックス
ウイルス感染とがん
~子宮頸がんの予防・早期発見のためのHPVワクチン接種と検診の現状~
東北大学大学院薬学研究科 高橋 勉
2003年の国際がん研究機構 (IRAC)の報告によると、ウイルス感染症が全世界の発がん要因の約12%に寄与していると推定されています。ウイルスは細菌とは異なり自己増殖能はありませんが、自己の遺伝子を有し、他の生物の細胞(宿主細胞)を利用して増殖します。一般的に、病原体として急性症状を引き起こすウイルスは、比較的短期間に宿主細胞内で大量に増殖し、宿主細胞を死滅させます。一方、宿主細胞内での複製が遅く、宿主細胞に見かけ上ほとんど影響を与えない状態で長期に渡って感染(潜伏感染)するウイルスも存在します。このようなウイルスの中には、潜伏感染した後に、宿主細胞の無秩序で無制限な増殖(がん化)を誘発するウイルスが存在します。これらは腫瘍ウイルスと呼ばれ、現在、ヒトパピローマウイルス (HPV: human papilloma virus) 、B型・ C型肝炎ウイルス (HBV、HCV)、Epstein-Barrウイルス (EBV)、ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)、カポジ肉腫ウイルス (HHV-8) の6種類が同定されています。このうち、HPVは世界に3億人の感染キャリアーが存在すると推定されている身近なウイルスの1つです。HPVは、子宮頸がん、頭頸部がん(口腔、鼻・副鼻腔、咽頭、喉頭などに発生するがんの総称)などの発症との関連性が指摘されていますが、特に子宮頸がん組織においては90%以上で検出されており、子宮頸がん発症の最大のリスク要因であると考えられています。HPVは皮膚や粘膜に感染するウイルスで100種類以上のサブタイプ(型)が存在し、粘膜型と皮膚型に大別されます。粘膜型HPVは、子宮頸がんの発症に関わるとされる高リスク型(HPV16, 18, 31, 33, 35, 52, 58など)と尖圭コンジローマ(性器にできる良性のいぼ)などの原因となる低リスク型(HPV6, 11など)に分類されます。高リスク型HPVの中でも特に16型および18型のHPVは、70%以上の子宮頸がんで検出されています。HPVは性交渉を通じて感染し、すべての女性の80%以上が感染すると考えられています。高リスク型HPVは、性器粘膜から侵入した後、表皮の幹細胞である基底細胞に感染し、そこでの潜伏状態を経て、子宮頸部の上皮における前がん病変(異形成)を誘発し、そのうちの一部は子宮頸がんに進展します。
現在までにワクチンでHPV感染を抑えることにより、子宮頸がんを予防しようとする研究が盛んに行われてきました。その結果、HPV感染予防ワクチンとして、2つの型(高リスク型HPV16、18)に効果を示す2価HPVワクチン(商品名:サーバリックス)と4つの型(HPV16、18以外に尖圭コンジコーマの原因となるHPV6, 11)にも効果がある4価HPVワクチン(商品名:ガーダシル)が実用化され、現在、世界100ヵ国以上で接種されています。2009年4月、世界保健機構(WHO)は、HPV感染予防ワクチンの接種を推奨する声明を発表し、子宮頸がんの予防のためにHPVの撲滅に向けて世界全体での協力が必要であるとの見解を示しました。日本においても、2009年10月に2価HPVワクチン(サーバリックス)が、2011年7月に4価HPVワクチン(ガーダシル)が承認され、接種が可能となっています。また、2010年12月、厚生労働省はワクチン接種緊急促進事業の一環として、2011年度末までの期間限定的ではありますが、HPVワクチンを対象者(中学校1年生から高校1年生の女子)に無料接種(任意)することを決定しました。しかし、現行のHPVワクチンは、HPV16、18型以外の高リスク型HPV感染に起因する子宮頸がんに対しては予防効果が確認されておらず、既に感染しているHPVの排除にも効果を示さないなど、必ずしも万能ではありません。また、接種後5年程度は、自然免疫の数十倍の高い抗体価が持続することが確認されていますが、承認されてから日が浅いため、これらのワクチンの予防効果の持続期間は確立されていません。したがって、子宮頸がんの予防および早期発見のためには、現行のHPVワクチンの接種だけでは不十分であり、ワクチン接種後の定期的な子宮頸がん検診も非常に重要になってきます。しかしながら、2006年の経済協力開発機構 (OECD)によると、日本の子宮頸がん検診率は23.7%と先進国の中でも際立って低いことが報告されています。厚生労働省では、このような状況を懸念して、2009年4月から子宮頸がんの検診(各年度において20歳、25歳、30歳、35歳、40歳になる女性対象)に対して、無料クーポン券付きのがん検診手帳を配布するなどして、検診率の向上を目指しています。今後、すべての高リスク型HPVに効果を示す予防ワクチンが開発されるとともに、子宮頸がん検診の受診率を高めることによって、子宮頸がんが征圧されることが期待されます。
【参考資料】
1) | IRAC, World Cancer Report 2003 http://www.iarc.fr/en/publications/pdfs-online/wcr/2003/index.php |
2) | 独立行政法人国立がん研究センターがん情報サービス(子宮頸がん) http://ganjoho.jp/public/cancer/data/cervix_uteri.html |
3) | サーバリックス(グラクソ・スミスクライン株式会社)添付文書 http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/631340QG1022_1_03/ |
4) | ガーダシル水性懸濁筋注(MSD株式会社)添付文書 http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/631340TA1027_1_01/ |
5) | WHO, Human papillomavirus vaccines,
WHO position paper, 2009 http://screening.iarc.fr/doc/WHO_WER_HPV_vaccine_position_paper_2009.pdf |
6) | 厚生労働省(ワクチン接種緊急促進事業) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/index.html |
7) | OECD, Health Care Quality Indicators Project - 2006 data collection http://www.oecd.org/dataoecd/57/22/39447928.pdf |
8) | 厚生労働省(がん検診推進事業) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/gan11/ |
日本薬学会 環境・衛生部会