環境・衛生薬学トピックス
加熱加工食品中のアクリルアミド
広島国際大学薬学部 瀧口 益史
わが国では、夏の定番飲料といえば、麦茶ではなかろうか。その冷たさと風味で暑い夏を凌いできた。しかし、麦茶にアクリルアミドが含まれていることをご存知だろうか。アクリルアミドは、紙の強さを増すための添加剤や工業用の接着剤、塗料の原料などとして1950年代以降、工業的に広く用いられているが、劇物に指定されている神経毒であり、国際がん研究機関(IARC)による発がん性分類では、人に対しておそらく発がん性があるもの(カテゴリー2A)に分類されている1),2)。食品中のアクリルアミドが知られことになったきっかけは、1997年にスウェーデンで起きたトンネル工事中のアクリルアミド漏出事故の汚染調査において、アクリルアミドに接していない非曝露コントロール群の人々の血中に予想外の高濃度アクリルアミドが検出されたことによる3)。アクリルアミドは野生生物中にはほとんど含まれず、タバコの煙から検出されることから、加熱処理(調理)することによりアクリルアミドが生成するのではないかという仮説が提案された。その後の研究により、フライドポテトやチップス、コーヒーのような多くの加熱加工食品中からアクリルアミドが検出され、「揚げたり」、「焼いたり」、「炒ったり」する過程で生成することが明らかとなった4)。2002年、スウェーデン政府はストックホルム大学との共同研究結果として、食品中のアクリルアミドは、アスパラギンとグルコースや果糖などの還元糖が加熱されることで起こるメイラード反応の初期の産物(N-glycoside)を出発物質として生成することを報告した5)。メイラード反応とは、還元糖とアミノ酸(タンパク質)のアミノ基とが反応して褐色のメラノイジンを生成する褐変反応であり、その反応中間体はいくつかの香り成分の生成にも関与している。つまり、アクリルアミドの生成は、こんがりとした焼き色や香ばしい香りの生成と関連している。実際、コーヒーには約45~375μg/kg(挽いた豆)や169~539μg/kg(インスタントコーヒー粉)のアクリルアミドが含まれ、その摂取頻度より西洋人における主要な摂取源と考えられている6)。そのため、ローストの時間を短く、温度を低くしてアクリルアミドの生成量を下げることが試されているが、色や香りにも変化が出てしまうため、うまくいっていない。美味さとリスクを天秤に掛けることになるのかもしれない。麦茶にも210~578μg/kg(粒)のアクリルアミドが含まれるが、炒る時間や温度について検討した報告はない。
食品中のアクリルアミドががんを引き起こす可能性については、世界各国で研究が進められてきた。以前から、実験動物(ラット)では極めて高用量(1.0~3.0 mg/kg体重/日)のアクリルアミドを投与した場合に、乳腺,甲状腺や子宮などに対して発がん性があることは知られていた。しかしながら、2002~2010年に行われた多くの疫学調査(多くはコホート研究)の結果では、アクリルアミドの摂取量と発がん(肺がん、胃がん、大腸がん、脳腫瘍、神経がんなど)との関連は見出せなかった7)。しかしながら、オランダの55~69歳の女性2,589名を対象に行われた調査では、閉経後の非喫煙者の子宮体(内膜)がんと卵巣がん、ホルモン受容体陽性の乳がんとアクリルアミド摂取量に正の相関が見られている。また、同じグループが、オランダの55~69歳の男女5,000名を対象に行った調査では、腎細胞がんとの間に正の相関が見られている。さらに、デンマークの50~64歳女性374名を対象に行われた調査では、血中のアクリルアミドのヘモグロビン付加体濃度(アクリルアミド曝露のバイオマーカー)とホルモン受容体陽性の乳がんに相関が見られている7)。しかしながら、食品中のアクリルアミドの発がん性を報告しているのは限られたグループのみのため、今後その他のグループによる詳細な検討が必要である。さらに、食品に含まれるアクリルアミドのリスクをより正確に評価するため、ヘモグロビン付加体と食品からのアクリルアミド摂取量の関連性について長期間にわたる個体別調査を行うことが推奨される。これらのデータにより、疫学調査のための曝露量の推定精度の向上が期待される。
世界保健機関(WHO)は、2002年に専門家会合を開催し、食品中のアクリルアミドに関しての対応について検討した。その結果、加熱のし過ぎを避けること、バランスの良い食事をとること、食品中のアクリルアミドの減らし方を探ることなどを勧告している2)。同時に、食中毒防止のために、肉や肉製品などの食品には十分加熱して食べるべきともしている。また、FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)において、2005年及び2010年にアクリルアミドの評価が行われており、ヒトのアクリルアミドの平均的な摂取量は1μg/kg体重/日であり、高摂取群では4μg/kg体重/日と推定している1)。高温加熱の料理法に出会ったときから、人類はアクリルアミドを食品とともに摂ってきた。したがって、これまでの食生活を直ちに変更する必要はないと考えられる。偏食せず、多種類の食材(食品)を摂ることにより、発がんリスクを減らすことが出来ると思われる。暑い夏、麦茶を飲みながら、食品衛生についてちょっと考えてみてはいかがか。
【参考資料】
1) | 厚生労働省「加工食品中アクリルアミドに関するQ&A」 http://www.mhlw.go.jp/topics/2002/11/tp1101-1.html |
2) | 食品安全委員会「加工食品中アクリルアミドについて」 http://www.fsc.go.jp/sonota/acrylamide-food170620.pdf |
3) | Reynols T. Acrylamide and cancer: Tunnel leak in Sweden prompted studies. J.Natl. Cancer Inst., 94,876-878 (2002) |
4) | Tarke E. et. al. Acrylamide : A cooking carcinogen? Chem. Res. Toxicol., 13, 517-522 (2000) |
5) | Stadler R.H. et. al. Acrylamide from maillard reaction products. Nature, 419,-450 (2002) |
6) | Guenther H. et. al. Acrylamide in coffee: Review of progress in analysis, formation and level reduction. Food Addit Contam. 24 Suppl 1, 60-70 (2007) |
7) | Hogervorst J.G.F. et. al. The carcinogenicity of dietary acrylamide intake: A comparative discussion of epidemiological and experimental animal research. Crit. Rev. Toxicol., 40, 485-512(2010) |
日本薬学会 環境・衛生部会