環境・衛生薬学トピックス
あなたのLDLコレステロールが高いのはトランス脂肪酸のせいかも?
帝京大学薬学部 北 加代子
年齢とともに、健康診断の結果が気になる人が多いと思いますが、一般的に悪玉コレステロール(LDLコレステロール)が高く、善玉コレステロール(HDLコレステロール)が低い状態は、動脈硬化や虚血性心疾患のリスクを高めると考えられています。LDLは肝臓中のコレステロールを末梢組織に運搬し、細胞膜の材料等の供給に関与しますが、一方、末梢組織で不要になったコレステロールはHDLによって再び肝臓に運び込まれます。LDLコレステロールが増加すると、末梢に運ばれるコレステロールも増加し、その結果、血管壁にコレステロールが沈着し、血管の弾力性を失わせたり(動脈硬化)、血管の内腔を狭め、時には詰まらせたりする原因になると考えられます。もしこのような変化が、心臓の筋肉に酸素やエネルギーを供給する冠動脈で生じた場合、狭心症や心筋梗塞を引き起こすことになります。動脈硬化や虚血性心疾患のリスクを高める要因は様々ありますが、近年、トランス脂肪酸もその一因と考えられています1-3)。トランス脂肪酸は、牛などの反芻動物の胃の中でバクテリアの働きによって合成されるため、乳や肉に少量含まれることが知られています。しかし、私たちが摂取するトランス脂肪酸の多くは、植物油の加工や調理段階で生成したものに由来します。植物油は常温で液体ですが、これは不飽和脂肪酸(炭素同士が二重結合によって結びついた部分が1箇所以上ある脂肪酸)が含まれているからです。一方、動物性の脂は炭素間に二重結合が存在しない飽和脂肪酸が含まれているため、常温で固体の状態をしています。植物油は液体であるため、そのままでは用途が限られてしまいますが、工業的に水素を添加して炭素の二重結合を部分的に水素化することで、植物油に動物脂のような固体としての特徴を持たせることが可能となります。このような方法で加工された植物油は硬化油と呼ばれ、マーガリン、ファットスプレッド、ショートニングとして菓子や加工食品に幅広く使用されています。お菓子のサクサク感や、なめらかな舌触りといった食感はまさに硬化油のお陰といえるでしょう。また、硬化油は酸化されにくい特徴を持つため、食品の日持ちを良くする目的でも使用されます。このように、植物油から合成される硬化油は加工食品には無くてはならない材料と考えられますが、一方で水素添加の過程でトランス脂肪酸が副生されます。トランス脂肪酸は、炭素の二重結合部分に結合する水素が本来の位置(シス型)とは異なる部分に配置された構造(トランス型)をとっており、水素添加以外にも、植物油の精製過程で行われる脱臭や、高温の油で調理する時にも生成することが知られています1,2)。このように私たちは、硬化油などの加工油脂の恩恵を受ける反面、日常的にトランス脂肪酸を摂取しやすい状況に置かれているのです。
トランス脂肪酸はなぜ虚血性心疾患のリスクとなるのでしょうか?疫学的調査結果から、総エネルギーに占めるトランス脂肪酸の摂取割合が増加するのに伴って、血液中の総コレステロールが増加することが判明しました。さらに詳細に調べたところ、増加したのは主にLDLコレステロールであり、HDLコレステロールはむしろ減少する傾向があることが報告されました2,3)。培養細胞を用いた研究から、トランス脂肪酸であるエライジン酸を含む培地で培養した肝細胞では、コレステロールの合成が促進し、且つ持続すること、さらにコレステロールの運搬先を決めるのに重要な役割を果たすアポリポタンパクのうち、LDLに含まれるタイプが増加することが判明しました4)。このような作用は、動物性の飽和脂肪酸よりも顕著であり、トランス脂肪酸がたとえ植物油由来といえども、動物性脂肪以上にLDLコレステロールの増加作用を持つ可能性を示しました。以上のような結果を踏まえ、世界保健機構(WHO)では、トランス脂肪酸の摂取量を最大でも一日当たりの摂取エネルギー量の1%未満にするよう勧告しています2)。
では、私たち日本人は一体どのくらいのトランス脂肪酸を摂取しているのでしょうか?1999年の調査では、トランス脂肪酸の摂取量の平均値は1.56 g/日で、1日の摂取エネルギーに占める割合は0.7%と推計されていました5)。しかし、2010年の報告では、WHOが推奨する最大摂取量を超えていた人が、女性の24.4%、男性の5.7%でみられ、特に都市部に在住の30~49歳の女性が多かったこと、その要因として菓子類などの摂取が多い傾向がみられたことが報告されました6)。また、食事の中に含まれるトランス脂肪酸を実測した報告では、外食や菓子パンといったような加工食品を通して、1日のトランス脂肪酸の摂取基準の80%以上を摂取している若年女性の例も報告され、加工食品で使用される硬化油に含まれるトランス脂肪酸が、過剰摂取の原因となる可能性が指摘されました7)。
コレステロールや動物性脂肪は控えているのに、なかなかLDLコレステロールが下がらないとお悩みの方は、一度トランス脂肪酸の摂取量を加味した食生活の見直しが必要かもしれません。
【参考資料・文献】
1) | 内閣府食品安全委員会のホームページ「ファクトシート」欄「トランス脂肪酸」 http://www.fsc.go.jp/sonota/54kai-factsheets-trans.pdf |
2) | 消費者庁ホームページ「トランス脂肪酸に関する情報」 http://www.caa.go.jp/foods/index5.html |
3) | WHO Technical Report Series 916, Diet, Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases (2003) |
4) | Dashti N. et al,. Long-term effects of cis and trans monounsaturated (18:1) and saturated (16:0) fatty acids on the synthesis and secretion of apolipoprotein A-I- and apolipoprotein B-containing lipoproteins in HepG2 cells. J. Lipid Res. 41(12):1980-1990. (2000) |
5) | 岡本隆久 他, 国産硬化油中のトランス酸とその摂取量. 日本油化学会誌, 48 (12): 1411-1414 (1999) |
6) | Yamada M. et al., Estimation of trans fatty acid intake in Japanese adults using 16-day diet records based on a food composition database newly developed for Japanese population. J. Epidemiol., 20(2):119-127 (2010) |
7) | Kawabata T. et al., Intake of trans fatty acids estimated by direct dietary measurement in young women. J. Jpn. Soc. Nutr. Food Sci., 61:161-168 (2008) |
日本薬学会 環境・衛生部会