環境・衛生薬学トピックス

腸管出血性大腸菌感染症について

昭和大学 薬学部 桑田 浩
 腸管出血性大腸菌感染症は、腹痛と下痢を主な症状とする感染症で、時に溶血性尿毒症症候群や脳症などの重篤な疾患を併発し、生命を奪う場合もあります。本感染症は、O157などに代表されるベロ毒素を産生する病原性大腸菌によって引き起こされ、我が国においては主に梅雨の時期から夏にかけて増加しますが冬でも見られます1)。2011年に富山県、福井県、神奈川県の焼肉チェーン店で発生した食中毒やドイツを中心とするヨーロッパ10カ国で発生した食中毒等はベロ毒素を産生する大腸菌の感染が原因で死者が発生した事例です。このように毎年、腸管出血性大腸菌感染症が発生しているにもかかわらず、その決定的な治療法は確立されていません。本感染症の詳細なメカニズムを解明することで新たな治療法の開発につながると考えられます。実際、白血球を遊走するケモカインとよばれるタンパク質が腸管出血性大腸菌による発症に関与すること2)や生体必須微量元素の一つのマンガン3)やビフィズス菌が産生する酢酸4)腸管出血性大腸菌による発症を抑制することが次第に明らかとされつつあります。しかしながら、これら基礎的な研究から新たな治療法や治療薬が開発されるには残念ながら膨大な時間がかかるため、これを待つよりは、むしろ私生活で病原性大腸菌などに感染しないようにつとめることが極めて重要です。
 腸管出血性大腸菌感染症の原因となる腸管出血性大腸菌は動物の腸管内に生息し、糞便などを介して食品を汚染します。腸管出血性大腸菌は、数個から100個程度あれば発症すると言われており、多くの細菌性食中毒に関わる原因菌は100万個単位で接種しなければ発症しないことを考えると極めて強い感染力を持っていることがわかります。どの程度のウシがこの種の大腸菌を保菌しているかというと、少し古いデータになりますが、1992年から1994年に日本で行われた調査において、任意に選んだ387頭のウシの24.3%(うち黒毛和種の23.7%、ホルスタインの35.0%)にあたる94頭(うち7頭にO157:H7)の糞便および直腸内容物からベロ毒素産生大腸菌が検出されたと報告されています5)。すなわち、約4頭に1頭と予想外に多くの割合でベロ毒素産生大腸菌が検出されていることがわかります。これらの食肉あるいはこれらのウシの糞便から作った堆肥には、ベロ毒素産生大腸菌が含まれる可能性があります。実際、過去の腸管出血性大腸菌感染症の原因食品として、牛肉、牛レバー刺し、ハンバーグ、牛角切りステーキ、牛たたき、ローストビーフ、シカ肉などの肉類、サラダ、貝割れ大根、キャベツ、メロン、白菜漬けなどの野菜類などが特定あるいは推定されることを食品安全委員会が報告しています6)。従って私たちは、これらの食品を食材として使用する場合は適切に扱う必要があります。それでは、どのように扱えば良いのでしょうか?これに関しては、食品安全委員会をはじめ多くの行政機関から、食材については大腸菌の増殖を防ぐこと(低温で保存、長時間放置しない、残った食品を食べるときは再加熱する等)、調理過程については清潔におこなうこと(手洗いをする、きれいな調理器具を使う、十分加熱する(75oCで1分以上)等)が重要であると提言されています6)7)。このような注意によってある程度、腸管出血性大腸菌の感染を防げるかもしれません。しかしながら、予防を徹底的におこなったとしても、完全に防げるとは限らないことを理解しておく必要があります。腸管出血性大腸菌への感染の経過として、感染後1〜10日間の潜伏期間に引き続き、風邪の初期に似た症状が出現したあと、激しい腹痛と大量の新鮮血を伴う血便が出ることが報告されています。前述したように、腸管出血性大腸菌感染症は重篤な合併症を引き起こす可能性があるので、このような症状が出たあるいは疑われる場合には、自己判断せず早急に最寄りの医療機関で受診するべきでしょう。

【参考資料・文献】
1) 国立感染症研究所 感染症情報センターホームページ最新の細菌検出状況・グラフ 1(地研・保健所からの報告)
http://idsc.nih.go.jp/iasr/prompt/graph-lj.html
2) Petruzziello-Pellegrini T.N. et al. The CXCR4/CXCR7/SDF-1 pathway contributes to the pathogenesis of Shiga toxin-associated hemolytic uremic syndrome in humans and mice., J. Clin. Invest. 2012; 122: 759-776.
3) Mukhopadhyay S. et al. Manganese blocks intracellular trafficking of Shiga toxin and protects against Shiga toxicosis., Science 2012; 335: 332-335.
4) Fukuda S. et al. Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetate., Nature 2011; 469: 543-547.
5) Miyao Y, Kataoka T, Nomoto T, Kai A, Itoh T, Itoh K Prevalence of verotoxin-producing Escherichia coli harbored in the intestine of cattle in Japan., Vet. Microbiol. 1998; 61: 137-143.
6) 食品安全委員会HP
腸管出血性大腸菌による食中毒について http://www.fsc.go.jp/sonota/o-157_h7.pdf
7) 食品安全委員会HP
食中毒を防ぐ加熱 http://www.fsc.go.jp/sonota/shokutyudoku_kanetu.pdf

日本薬学会 環境・衛生部会

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