環境・衛生薬学トピックス

ホルムアルデヒドの毒性評価とその現状

京都薬科大学 長谷井友尋
 2012年5月に関東の利根川水系からホルムアルデヒドが検出されたことから、利根川水系を水源とする関東の1都3県で取水停止措置が相次ぎました。厚生労働省の報道発表資料によると、ホルムアルデヒドそのものではなく、ホルムアルデヒドの前駆体が利根川水系に流れ込み、ホルムアルデヒドが生成したことが原因であると考えられるようです。また、利根川水系の河川からは今回検出されたホルムアルデヒドのほぼ全量を生成することができる濃度のホルムアルデヒド前駆体ヘキサメチレンテトラミンが検出されており、検出されたホルムアルデヒドへの強い関与が示唆されるとのことです。
 ホルムアルデヒドは合成樹脂の原料、接着剤、塗料、防腐剤、界面活性剤、農薬、消毒薬などに用いられている化学物質で、安価なため広く用いられており、日本では2001年にはおよそ100,000から1,000,000 tものホルムアルデヒドが製造・輸入されています。私達にとって最も身近に用いられている例を挙げると、建材の合板に用いる接着剤が知られています。またその防腐効果から、ホルムアルデヒドを37%以上含む水溶液がホルマリンの名称で生物標本などの防腐剤として用いられています。前述の接着剤として用いられたホルムアルデヒドは、通常ホットプレスで熱圧される時に反応して硬化しますが、十分に固形化しなかったホルムアルデヒドが屋内の空気に充満し、シックハウス・シックビル症候群の原因になります。シックハウス・シックビル症候群を未然に防ぐため、日本ではホルムアルデヒドの室内の指針値として、世界保健機関(WHO)の推奨値と同じ0.08 ppm以下と定められています。日本における研究では、室内濃度はこの指針値の範囲内です。1)
 ホルムアルデヒドの吸引曝露時の毒性はシックハウス・シックビル症候群の症状でもある頭痛、めまい及び目、喉、気管支などの炎症を含む急性症状のほか、WHOの関連機関である国際がん研究機関(IARC)により「ヒトに対して発がん性がある(Group 1)」に分類されており、上咽頭がんなどの原因となるとされています。2) しかし、これまでに知られている毒性に対して否定的な研究結果も報告されています。アメリカ環境保護局(US EPA)は急性曝露ガイドラインレベル(AEGL)内で0.35から0.9 ppmの濃度であれば影響は全くないか軽度であり、清浄な空気に対する反応と同等であると述べています。3)また、Marshら複数の研究者は、Hauptmannらが行ったアメリカ国立がん研究所(NCI)の上咽頭がんホルムアルデヒド曝露の因果関連について述べた疫学研究4)に疑問を呈しています。Hauptmannらの報告をMarshらが再解析した結果、ホルムアルデヒドに対する曝露による上咽頭がん発生の因果関係は認められなかったと結論付け、IARCのホルムアルデヒドの発がん性分類について再考するように述べています。5) これら研究間における結果の相違は、私達の生活における様々な要因が交絡因子として存在する結果、ホルムアルデヒドに対する曝露のみを純粋に評価することが難しいことに起因していると考えられます。さらにホルムアルデヒドに対する曝露は、職業曝露やシックハウス・シックビル症候群に代表される吸入曝露が主とされ、吸入曝露を中心に研究されてきましたが、少数ながら経口曝露モデルの動物実験についての報告もあります。その多くは経口曝露による発がんを否定する結果で、Restaniらは経口曝露についての総説内で「低濃度の経口曝露による発がん性は認められない」と結論付けており、6)利根川水系流域の住民に、検出されたホルムアルデヒドを原因とするがんが誘発される可能性は低いと考えられます。
 ホルムアルデヒドの毒性に関して評価が確定的でない点も多く、今後毒性や毒性を発現する室内濃度などを正しく評価するため、継続的なモニタリング、疫学研究などが期待されます。

 キーワード:ホルムアルデヒド、シックハウス・シックビル症候群、上咽頭がん

【参考資料・文献】
1) Ohura et al., Organic air pollutants inside and outside residences in Shimizu, Japan: levels, sources and risks. Sci. Total Environ., 366, 485–499 (2006)
2) International Agency for Research on Cancer (IARC), Formaldehyde, 2-Butoxyethanol and 1-tert-Butoxypropan-2-ol. IARC monograph No. 09. Lyon: WHO, IARC (2006).
3) US Environmental Protection Agency (EPA), Proposal Acute Exposure Levels (AEGLs) for Formaldehyde (CAS Reg. No. 50-00-0). National Advisory Committee for Acute Exposure Guideline Levels for Hazardous Substances (NAC/AEGL Committee) (2002).
4) Hauptmann et al., Mortality from solid cancers among workers in formaldehyde industries. Am. J. Epidemiol., 159, 1117­–1130 (2004).
5) Marsh et al., Mis-specified and non-robust mortality risk models for nasopharyngeal cancer in the National Cancer Institute formaldehyde worker cohort study. Regu. Toxicol. Pharmacol.,47, 59­­–67 (2007).
6) Restani et al., Oral toxicity of formaldehyde and its derivatives. Crit. Rev. Toxicol., 21, 315–328 (1991).

日本薬学会 環境・衛生部会

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