環境・衛生薬学トピックス
鉛曝露の現状とそのリスクについて
昭和薬科大学 衛生化学研究室 阿南弥寿美
重金属の一つである鉛は、加工しやすく腐食しにくいといった性質のため、古くから様々な用途で利用されてきました。水道管や蓄電池の他、塗料、顔料、はんだ、合金などにも広く使用されています。一方で、鉛は毒物としても古い歴史を持ちます。成人における無機鉛の吸収率は腸管で約10%、呼吸器系に吸入された場合は40%程度で、吸収された鉛のうち約90%が最終的に骨に蓄積されます。生体内で鉛は、ヘモグロビンの構成要素であるヘムの生合成に関与する酵素を阻害することから、鉛中毒の初期症状として貧血を引き起こします。鉛中毒では他に、消化器障害(便秘、鉛疝痛とよばれる下痢痛など)、中枢神経障害、腎障害の症状がみられます。また、かつてガソリンのアンチノック剤として使われていた四エチル鉛のような有機鉛は呼吸器系に吸入あるいは経皮的に吸収され、容易に血液脳関門を通過し、脳中枢神経系に障害を引き起こします[1]。こうした背景から、近年多くの国において鉛の使用規制がなされ、日常生活における鉛曝露のリスクは徐々に低減あるいは除去されてきました。米国保健社会福祉省の機関である疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)は、成人において血中鉛濃度が1.21 µmol/L(25 µg/dL)未満を標準値、つまり有害な影響が現れない濃度としています[2]。しかしながら最近、この数値が本当に「有害の閾値」を示しているのか、疑問を呈する報告がなされています。米国スタンフォード大学の研究グループは、2005-07年に実施された米国健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey: NHNES)の結果を基に、健康状態を示す様々なパラメーターと血中重金属濃度との関係を網羅的に解析しました。その中で、血中鉛濃度が25 µg/dL未満の成人において血中鉛濃度と痛風の有病率および血中尿酸濃度に関係があることを見出しました[3]。解析によると、血中鉛濃度が0.06 µmol/L(1.2 µg/dL)と低値であっても、他のリスク要因(腎機能、年齢、性別など)には依存せず痛風の有病率が有意に増加しました。この調査では鉛曝露と痛風発症の直接的な因果関係を指摘することはできませんが、これまでCDCが「標準値」としてきた値より低い血中鉛濃度でも有害な影響(この報告では痛風)のリスクを増加させることを示唆しています。
小児では血中鉛濃度が10 µg/dL以上で知能の低下や問題行動が出現することから、CDCは10 µg/dL未満を小児の「標準値」としていますが[2]、成人と同様に小児においても、これより低い濃度範囲において血中鉛濃度と知能指数(IQ)低下に関係がみられることが報告されています[4]。日本の小児における鉛曝露状況を調査した最近の研究によると[5]、測定した全ての小児において血中鉛濃度は10 µg/dL未満で、他国と比べても日本の鉛曝露レベルの低さが示されました。CDCの基準値と比べれば「安全・安心」ともいえる結果ですが、調査したYoshinagaらは「有害の閾値」は10 µg/dLよりも低いと推定し、曝露レベルは出来るだけ減らすことが望ましいとしています。同調査においては、受動喫煙が小児にとって鉛曝露の経路であることが指摘されています。また、2011年に国民生活センターが市場に出回っているアクセサリー製品について鉛溶出試験を実施したところ、243種中10製品において、食品衛生法で「金属製のアクセサリーがん具」を対象に定められた溶出限度値(90 µg/g)を超える鉛溶出が認められました[6]。これらは、私たちの身の回りには未だ削減しうる鉛曝露源が存在することを示しています。
有害化学物質摂取による健康への影響を考える時、科学的根拠に基づいた毒性発現の閾値と摂取量(曝露量)との関係が重要となります。しかしながら、肝心の「有害の閾値」が曖昧な鉛については、できるだけその摂取量を減らす努力が必要かもしれません。同時に、有害な影響が引き起こされる低濃度鉛曝露の「閾値」について、さらなる研究が進むことが望まれます。
【参考資料・文献】
1) | 平山晃久(編集)「考える衛生薬学 -第4版-」(廣川書店) |
2) | Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Adult blood lead epidemiology and surveillance—United States, 2005-2007. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 58, 365-369, 2009. |
3) | Krishnan E et al. Low-level lead exposure and the prevalence of gout: an observational study. Ann Intern Med. 157, 233-241, 2012. |
4) | Lanphear BP et al. Low-level environmental lead exposure and children's intellectual function: an international pooled analysis. Environ Health Perspect. 113, 894-899, 2005. |
5) | Yoshinaga J et al. Blood lead levels of contemporary Japanese children. Environ Health Prev Med. 17, 27-33, 2012. |
6) | 独立行政法人国民生活センター「子どもが使用することのあるアクセサリーに関する調査結果 -カドミウム、鉛の溶出について-」(http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20110810_1.html) |
日本薬学会 環境・衛生部会