環境・衛生薬学トピックス

メタボリックシンドロームと概日リズム

日本大学薬学部 健康衛生学研究室 和田 平
 近年、我が国において、メタボリックシンドローム肥満に加えて、糖尿病、高血圧および脂質異常症など複数の生活習慣病を合併している状態)の患者数が急激に増加している。その主な要因として、食生活の欧米化による脂肪性食品の過剰摂取、交通手段の発達による運動不足、過度のストレスなどが挙げられる。また、多くの疫学調査から、昼夜交代勤務、食事摂取時間の遅延などの不規則な生活習慣は生体内のエネルギー代謝の概日リズム(体内時計によって約1日の周期性を持つリズム)異常の要因となり、メタボリックシンドローム発症のリスクファクターとなることが示唆されている。さらに、就寝・起床時間を考慮した朝型・夜型の嗜好性と食事内容の関連性を調査によると、夜型に比較して朝型嗜好性の人は、炭水化物、タンパク質の摂取が多く、脂肪の摂取が少ないことが示されている1)。このことは、概日リズムが異なる朝型・夜型嗜好性は、食事内容にも影響を及ぼす可能性を示唆している。また、朝食の欠食や夜間の食事摂取は太りやすくなると言われているが、その要因として、朝食後の熱産生率が一日の中で最も高いのに対して、夕食後は低いといった食事誘導熱産生率の概日リズムが肥満の要因であることが明らかにされている2)。また、体内脂肪の燃焼率にも概日リズムが存在するため、運動によるエネルギー産生量は運動する時間帯によって異なることが示唆されている。交感神経が活発に働いている時間である夕方の運動は、心拍数の増加および筋肉の血流量が増加して体脂肪の燃焼率が一日の中で最も盛んになるため効果的である。一方、朝型や深夜は副交感神経が優位になるため、運動には不向きな時間であることが示唆されている3)
 これらの生活習慣および生体機能の概日リズムは、BMAL1およびCLOCK遺伝子などの時計構成分子によって精密に制御されている。近年、時計遺伝子の多型(遺伝子を構成しているDNA配列の違い(個人差))および時計遺伝子欠損マウスなどの解析を通じて、概日リズムを制御する時計遺伝子とメタボリックシンドローム発症との関連性を示唆する報告が相次いでなされている。ヒトでは時計遺伝子の多型が代謝性疾患の有病率と関連することが明らかになっている。例えば、BMAL1遺伝子多型は、糖尿病および高血圧の発症に深く関与し4)、またCLOCK遺伝子多型は肥満、メタボリックシンドローム、非アルコール性脂肪肝との関連性がそれぞれ報告されている5)。さらに動物実験において、Bmal1遺伝子欠損マウスでは概日リズム異常に加え、インスリン分泌不全ならびに脂質異常症などを呈する6)。Clock変異マウスにおいては概日リズム異常に加え、肥満およびインスリン分泌不全を呈することが報告されている7)。これらの結果は、概日リズム制御を司る時計遺伝子の機能障害が代謝性疾患の一因になることを強く示唆している。今後、これらの時計遺伝子の機能障害による概日リズム異常が、どのような機序でメタボリックシンドローム発症を引き起こすかより詳細な分子メカニズムを明らかにすることで、そのリスクを軽減しうる有効な治療法の開発とともに、肥満や代謝性疾患の予防ならびに生命予後の改善につながることを期待したい。

キーワード:メタボリックシンドローム、概日リズム、概日リズム異常

【参考資料・文献】

1)Sato-Mito N et al., Freshmen in dietetic courses study II group. The midpoint of sleep is associated with dietary intake and dietary behavior among young Japanese women. Sleep Med 4, 289-294.(2011)

2)Romon M et al., Circadian variation of diet-induced thermogenesis. Am J Clin Nutr 57, 476-480. (1993)

3)Scale EW et al., Human circadian rhythms in temperature, trace metal and blood variable. J Appl Physiol 65, 1840-1846. (1988)

4)Woon PY et al., Aryl hydrocarbon receptor nuclear translocator-like (BMAL1) is associated with susceptibility to hypertension and type 2 diabetes. Proc Natl Acad Sci USA 104, 14412-14417. (2007)

5)Scott EM et al., Association between polymorphisms in the Clock gene, obesity and the metabolic syndrome in man. Int J Obes(Lond) 32, 658-662.(2008)

6)Shimba S et al., Deficient of a clock gene, brain and muscle Arnt-like protein-1(BMAL1) induces dyslipidemia and ectopic fat formation. Plos One 6, e25231.(2011)

7)Turek FW et al., Obesity and metabolic syndrome in circadian Clock mutant mice. Science 308, 1043-1045. (2005)

日本薬学会 環境・衛生部会

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