環境・衛生薬学トピックス

アスピリンで大腸ポリープの再発が予防できる?

広島国際大学薬学部 環境毒物代謝学教室 竹田 修三
 これまで欧米人に多いとされていた大腸がんですが、近年、日本人の大腸がんの罹患率(がんに新たに罹る率)が急速に増加しており、2020年には部位別がん罹患率の中で、男女とも1位になると予測されています1)。この原因として、食習慣の欧米化により動物性脂肪の摂取過多や食物繊維の摂取不足が考えられていますが、特に男性では、これらに加えてタバコとアルコールが罹患リスクを増加させることが報告されています2)。大腸がんの罹患率を世代別で見ると、男女ともに40歳代の後半から増加し、60〜70歳代がピークとなります。
 大腸がんをはじめとするがんの予防には、日常の食生活の改善や運動を行うといった1次予防が励行されています。最近、先制医療という言葉をよく耳にしますが、これはがん発症の高いリスクを抱えたヒトが、乳がんであれば、罹患する前に予め乳房を切除することを指し、1次予防と2次予防(早期発見・早期治療)の中間に位置するため1.5次予防として位置づけられています。この1.5次予防は、外科的手術だけではなく、医薬品を用いてがんに罹ることを軽減する化学予防(chemoprevention)も含まれます。化学予防の例として、米国ではタモキシフェンとラロキシフェンが、乳がんのリスクが高い女性(乳がんの遺伝的素因が高い場合など)への予防薬として承認されています。
 大腸がんは、その多くが大腸ポリープ(腺腫:がんの発生母地)から発生する(約90%)と考えられています。欧米諸国における臨床試験で、アスピリン(一般名: アセチルサリチル酸)が大腸ポリープの発生を抑制することで大腸がんによる死亡リスクを軽減することが報告されました3,4)。日本人を含むアジア人で同様の効果があるか否かは不明でしたが、最近、日本人を対象とした臨床研究(厚生労働省第3次対がん総合戦略研究事業)が実施され、大腸ポリープ摘出後の患者にアスピリンを2年間投与した結果、ポリープの再発予防に有効であることが示されました5,6)。この研究は、大腸がんをアスピリンで予防するという化学予防法の確立に資する成果です。ここで興味深いのは、アスピリンの有効性は喫煙者では認められず、非喫煙者において有効であることが示されたことです。このアスピリンとタバコの相互作用の原因は不明ですが、タバコの煙には、多くの発がん性物質が含まれており、アスピリンによる大腸ポリープの抑制効果よりもタバコによるポリープ悪性化への寄与が優先する可能性が考えられます。アスピリンによるポリープ予防効果が大腸がん特異的なのか否か、また、大腸ポリープの再発予防メカニズムの詳細は不明です。アスピリンは、今から100年以上前にドイツのバイエル社によって合成・販売されてから今日に至るまで、世界中で使用されている最古の合成医薬品です。一般用医薬品の解熱鎮痛剤に含まれるアスピリン量は一錠あたり300〜500 mgです。本トピックスでは、アスピリン大腸ポリープの再発予防に有効である話題を提供しましたが、先の臨床研究で使用されたアスピリン量は少なく(服用量100 mg/日)、さらに消化性潰瘍などの副作用を抑える特殊な剤形で投与されています。したがって、自己判断でのアスピリンの服用は避けなければなりません。アスピリンの内服だけで大腸がんが予防できる、治療できるという結果が得られたわけではありません。今後のさらなる研究展開が望まれますが、アスピリンが大腸がんの再発予防薬として承認される日が来るかもしれません。

 現在、大腸がんは早期に発見すれば完治するとまでいわれています。最近では、痛みをあまり伴わない検査、手術法が開発されています。日頃から食生活の是正や禁煙を実施(1次予防)し、40歳を過ぎたら大腸がん検診(便潜血検査)を受けることが肝要と思われます。

 キーワード: 1.5次予防、化学予防、大腸ポリープ、アスピリン

【参考資料・文献】

1)「がんの統計2005」(公益財団法人がん研究振興財団)

2)Otani T, Iwasaki M, Yamamoto S, Sobue T, Hanaoka T, Inoue M, Tsugane S; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group. Alcohol consumption, smoking, and subsequent risk of colorectal cancer in middle-aged and elderly Japanese men and women: Japan Public Health Center-based prospective study. Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev. 12, 1492–1500 (2003)

3)Flossmann E, Rothwell PM; British Doctors Aspirin Trial and the UK-TIA Aspirin Trial. Effect of aspirin on long-term risk of colorectal cancer: consistent evidence from randomised and observational studies. Lancet 369, 1603–1613 (2007)

4)Liao X, Lochhead P, Nishihara R, Morikawa T, Kuchiba A, Yamauchi M, Imamura Y, Qian ZR, Baba Y, Shima K, Sun R, Nosho K, Meyerhardt JA, Giovannucci E, Fuchs CS, Chan AT, Ogino S. Aspirin use, tumor PIK3CA mutation, and colorectal-cancer survival. N. Engl. J Med. 367, 1596–1606 (2012)

5)Ishikawa H, Mutoh M, Suzuki S, Tokudome S, Saida Y, Abe T, Okamura S, Tajika M, Joh T, Tanaka S, Kudo SE, Matsuda T, Iimuro M, Yukawa T, Takayama T, Sato Y, Lee K, Kitamura S, Mizuno M, Sano Y, Gondo N, Sugimoto K, Kusunoki M, Goto C, Matsuura N, Sakai T, Wakabayashi K. The preventive effects of low-dose enteric-coated aspirin tablets on the development of colorectal tumours in Asian patients: a randomised trial. Gut (2014), DOI: 10.1136/gutjnl-2013-305827

6)2014年2月13日 独立行政法人 国立がんセンター プレスリリース

日本薬学会 環境・衛生部会

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