環境・衛生薬学トピックス
ヒスタミンによる食中毒
東京都健康安全研究センター 微生物部 小林 真紀子
ヒスタミン食中毒は、ヒスタミンを多く含む食品を摂取することにより引き起こされるアレルギ一様の食中毒であり、我が国では毎年数件の食中毒事件が報告されています1,2)。主な症状は、顔面紅潮や頭痛、吐き気、じんましんなどで、多くの場合、原因食品を摂取してから1時間程度で症状が現れます。原因となる食品はマグロ、カツオ、サバ、イワシなどの赤身魚が多く、特にこれら魚類の加工食品を原因とした食中毒が多く発生しています。一般的に症状は軽く、長くても一日程度で回復し、重症化することは稀です。しかし、保育園や学校、病院などの集団給食施設において発生することが多く、大規模な食中毒事件になることがあるため、特に注意が必要な食中毒です。東京都内での大規模発生事例としては、2013年9月に7カ所の保育園で発生した喫食者307人中患者109人(発症率35.5%)の事例が記憶に新しいところです3)。この食中毒の原因食品は仕入先が同一の「イワシのつみれ汁」であり、主症状はじんましん(発赤、発疹)でした。検査の結果、各保育所に搬入される前の食材からヒスタミンが検出されたため、加工・輸送の過程において生成されたものと判断されました。食中毒の原因物質であるヒスタミンは、原因食品の赤身魚等に初めから含まれるわけではなく、これらに含まれるアミノ酸(遊離ヒスチジン)がヒスタミンに変換されることで生成されます。このヒスタミンの前駆物質である遊離ヒスチジンの含量は白身魚より赤身魚の方が多いため、赤身魚が原因の多くを占めます4)。遊離ヒスチジンからヒスタミンへの変換は、ある種の細菌が産生するヒスチジン脱炭酸酵素により行われるため、ヒスタミン食中毒は、細菌の関与した化学物質による食中毒に分類されています。
ヒスタミンを産生する細菌は二種類に大別され5)、一つは海水などの環境中に生息するビブリオ科の細菌です。Photobacterium phosphoreumやPhotobacterium damselaeなどが代表的な菌種で、魚類の体表や腸管に生息しています。しかし、これらの細菌は、魚類が生きているうちにヒスタミンを産生することはないため、水揚げ後の魚類の取り扱いが重要です。もう一つは、ヒトや動物の腸管に生息している腸内細菌科のMorganella morganiiやRaoultella planticolaなどです。これらの細菌は、水揚げ後の加工・流通過程においてヒトや環境から汚染する可能性があります。
一般的に、細菌によるヒスタミンの産生は20℃~30℃の間で活発になるため、ヒスタミン食中毒の予防には魚類の加工、流通、調理の段階において低温状態を保持することが重要です。ビブリオ科の細菌は低温でも発育し、特にP. phosphoreumは10℃以下でもヒスタミンを生成しますが、その生成量は温度を下げることにより低下するため、低温での保存はやはり重要です6)。また、冷凍保存は細菌の増殖を抑えるとともにヒスチジン脱炭酸酵素の働きをも低下させるため、より効果的です。ヒスタミンは熱に安定であるため、一旦食品中で生成されてしまうと、加熱により食中毒を予防することは難しいですが、ヒスタミン生成前であれば、細菌の増殖を防ぐ温度管理と加熱は食中毒の予防に有効です。
このように、Photobacteriumなどの本来魚類に付着している可能性の高い細菌の汚染を防ぐのは困難ですが、魚は新鮮なものを選び、低温で保存し、すぐに喫食しない場合は冷凍で保存するなどの対策によりヒスタミン食中毒は予防できます。
キーワード: ヒスタミン食中毒、ヒスタミン、赤身魚、魚類、ヒスチジン脱炭酸酵素
【参考資料・文献】
1)厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課 「平成25年全国食中毒事件録」(2014)
2)Toda M, Yamamoto M, Uneyama C, Morikawa K. Histamine food poisonings in Japan and other countries. Bull Natl Inst Health Sci, 127, 31-38 (2009)
3)東京都福祉保健局健康安全部 「平成25年東京都の食中毒概要」(2015)
4)文部科学省 「日本食品標準成分表準拠 アミノ酸成分表2010」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/houkoku/1298881.htm
5)新井輝義, 池内容子, 岸本泰子, 石崎直人, 柴田幹良, 観 公子, 下井俊子, 牛山博文, 立田真弓, 白石典太, 甲斐明美, 矢野一好. 卸売市場で流通する鮮魚、魚介類加工品及び浸け水のヒスタミン生成菌汚染状況. 東京都健康安全研究センター研究年報, 58, (2007)
6)Kanki M , Yoda T, Tsukamoto T, Baba E. Histidine Decarboxylases and Their Role in Accumulation of Histamine in Tuna and Dried Saury. J Appl Environ Microbiol, 73, 1467-1473 (2007)
(2015年9月2日 掲載)
日本薬学会 環境・衛生部会