環境・衛生薬学トピックス

デング熱の予防対策

広島国際大学薬学部 環境衛生薬学教室 清水 良
 2014年から今年にかけて、デング熱、エボラ出血熱、中東呼吸器症候群(MERS)などのウイルス感染症がヒトに対して猛威を振るいました。このような危険度が高い新興・再興ウイルス(エマージングウイルス)感染症が、地球環境の急激な変化に伴って人間社会への脅威となっています。その中でも、2014年8月、日本におけるデング熱の国内感染が69年ぶりに確認されたのは記憶に新しい所であり、162名の国内感染者が10月末までに確認されました1)
 デング熱を引き起こすデングウイルスは、主に熱帯・亜熱帯地方に生息しており、この地方では年間1億人が感染すると推定されています2)。このウイルスは蚊によって媒介され、ネッタイシマカとヒトスジシマカが主な媒介蚊として知られています。このような蚊がデングウイルス感染者を刺すと、その蚊の体内でウイルスが増殖し、別の人を新たに刺すことによってウイルスがヒトからヒトへと伝播されていきます。このウイルスに感染すると、感染後2~7日後に発熱、頭痛、眼瞼痛、筋肉痛、関節痛が主症状として現れた後、発症後数日後くらいから胸部、胴体、顔などに発疹が出現しますが、1週間~10日程度で症状は消失します3)デングウイルスには4つの血清型(1~4型)が存在し、いずれの血清型に感染したとしても、初回感染時にはこのような軽症で済むことがほとんどです。ところが、初回感染時と別の血清型に再度感染した場合、先述の症状に加え、鼻粘膜や消化管からの出血をきたす“デング出血熱”にまで重症化して死に至ることがあります。しかしながら、複数の血清型の存在が、デングウイルスに対するワクチンの開発を困難なものにしています。デング熱の治療法は、現段階では解熱鎮痛薬の服用、経口もしくは点滴による水分補給の他、重症例の場合は輸血などの対症療法しかありません。また、解熱鎮痛薬を使用する際の注意点として、アスピリンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は出血を助長させるため使用できず、アセトアミノフェンを使用する必要があります4)。近年ではデングウイルスに特異的な糖鎖構造や蛋白質をターゲットにした、特異性の高い抗デングウイルス薬の開発が進められていますが5)、未だ実用化には至っていません。したがって、デングウイルスに対する有効な予防接種も治療薬も存在しない現状では、このウイルスを媒介する蚊への対策を講じることが、デング熱の最大の予防法といえます。
 デングウイルスの媒介蚊であるネッタイシマカは、熱帯および亜熱帯地域に分布しており、これらの地域ではデング熱を媒介する蚊として恐れられていますが、日本には現在生息していません。しかし、同様にデングウイルスを媒介するヒトスジシマカは日本にも生息しており、夏日の増加に伴って活動期間が長くなる傾向にあります。この蚊は、一般によく見かけるイエカなどと同じように水中に産卵し、幼虫(ボウフラ)を経て成虫となります。幼虫は少量の水さえあれば生育することができるので、公園や道路脇の水たまり、家庭のベランダや庭などに置いてあるバケツや植木鉢などにたまった水などは、ヒトスジシマカにとって絶好の生息地となります。まず、定期的にこのような水たまりがないかどうかを点検し、除去することが“ヒトスジシマカの発生を抑える”という一つ目の予防対策につながります。また、この蚊はヤブカの一種で主に植物の茂みに潜伏しています。そのため、二つ目の予防対策としては屋外に外出する際に“ヒトスジシマカに刺されないようにする”ことが重要となります。山や公園など茂みの多い場所へと入る際には、可能な限り長袖・長ズボンを着用し、肌が露出する部分には積極的に虫除けスプレーなどの忌避剤を使用することが望ましいでしょう。
 地球温暖化による生態系の変化や、航空・船舶網の発達による往来の活発化によって、日本だけならず世界規模で蚊媒介感染症のリスクが増えています。これに対して行政は、空港・海港における検疫によりこのような感染症の国内侵入を未然に防いでいる他、2014年の国内流行の際にはデングウイルスを保有する蚊が採取された公園を封鎖して蚊の駆除作業を行い、さらなる感染拡大を防止するための対策を講じました。感染症対策は、行政が主体となって行う規模のものと一般的に考えがちですが、デング熱は個人でも実践できる方法で予防が可能です。行政に対策を任せきりにするのではなく、個人が公衆衛生に対する意識を高め、正しい知識と認識を持つことこそがデング熱の予防対策として大切なことではないでしょうか。

 キーワード: デング熱、デングウイルス、ヒトスジシマカ

【参考資料・文献】

1)国立感染症研究所ウイルス第一部ホームページ 「デングウイルス感染症情報」
http://www0.nih.go.jp/vir1/NVL/dengue.htm

2)Lim SP, Wang QY, Noble CG, Chen YL, Dong H, Zou Bin, Yokokawa F, Nilar S, Smith P, Beer D, Lescar J, Shi PY. Ten years of dengue drug discovery: Progress and prospects. Antiviral Res, 100, 500-519 (2013)

3)倉根一郎. デング出血熱の病態解明の進展とワクチン開発の現状. ウイルス, 52, 15-20 (2002)

4)厚生労働省 「デング熱・チクングニア熱の診療ガイドライン」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/dengue_fever_jichitai_20150421-02.pdf

5)Abe T, Sando A, Teraoka F, Otsubo T, Morita K, Tokiwa H, Ikeda K, Suzuki T, Hidari KI. Computational design of a sulfoglucuronide derivative fitting into a hydrophobic pocket of dengue virus E protein. Biochem Biophys Res Commun, 449, 32-37 (2014)

(2015年12月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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