環境・衛生薬学トピックス

細胞老化と環境

国立環境研究所 環境健康研究センター 岡村和幸
 老化は避けることが出来ない普遍的な現象と考えられています。私たちの体を構成する細胞も、老化と呼ばれる現象がおきます。これを細胞老化と呼び、老化した細胞では不可逆的な増殖の停止がおこります。この増殖が停止するという性質から、細胞老化は古くからがんの抑制機構として働くことが知られていました。しかし近年、老化した細胞の出す分泌物が周囲の細胞を刺激し、加齢に伴う疾患を引き起こすことが疑われています1, 2)。このことから老化に伴う疾患の治療や予防のターゲットとして、細胞老化に注目が集まっています。
 細胞老化は、その起こり方から大きく分けて二つに分類されます。ひとつめは「複製の細胞老化」と呼ばれます。これはテロメアと呼ばれるDNAの末端にある繰り返し配列が、細胞分裂の度に短くなることが原因です。1961年にヘイフリック博士とムーアヘッド博士によって発見されました。それまではカレル博士らによる研究で脊椎動物の細胞は分裂回数に限界はないと考えられていたため、当時の常識が覆るインパクトの大きい発見でした3)。もうひとつの細胞老化は、「早期細胞老化」と呼ばれています。こちらは名前からもわかるように、「複製の細胞老化」が起こるより前に、細胞が外部からのストレスによって増殖を停止させる現象です。本来のプログラムよりも早い段階で細胞老化をおこすので、その結果として老化に伴う疾患を早期に引き起こす危険性があります。
 私達の身のまわりには早期細胞老化を引き起こす様々な環境要因があります。これまでに早期細胞老化を招く環境要因として、宇宙からや核融合反応によって放出される放射線4)、太陽光に含まれ、オゾン層で吸収しきれなかった紫外線5)、地下水中に含まれる無機ヒ素6)、食品中のアミノ酸や糖質を加熱することによって発生するアクリルアミド7)などが報告されています。これらに共通することはDNA損傷を引き起こすという点です。放射線や紫外線はDNAを直接傷害し、アクリルアミドは細胞内の活性酸素を増加させることによってDNAの損傷を引き起こします。この他にも焚き火やタバコの煙などに含まれるベンゾピレン、魚や肉類の焦げた部分に含まれるヘテロサイクリックアミン(アミノ酸が加熱によって変化したもの)など食品由来の物質もDNAの構造を変化させることが報告されており、早期細胞老化を誘導する可能性が考えられます。DNAの損傷は私たちの体内で絶えず生じていますが、その一方で細胞内にはDNAの損傷を修復する機構が存在し、これによってDNAは修復されます。しかし無機ヒ素は、DNAの修復に関わる酵素の発現を抑制することで修復能力を低下させ、結果的にDNAの損傷を引き起こします。
 DNAの損傷が早期細胞老化を引き起こすメカニズムについては、DNA修復に伴う細胞周期の停止が関連すると考えられます。DNAの損傷時には、細胞周期を一時的に止めて修復を行いますが、修復が終わると再び分裂できる状態に戻ります。しかし、修復能力を超えるような強いDNA損傷が生じた場合、細胞周期を止める機構も過剰に働くため、不可逆的な増殖の停止である細胞老化が起きてしまいます。
 環境中の物質や食品の摂取によって引き起こされる早期細胞老化から身を守る方法はないのでしょうか?残念ながらDNA損傷を誘導する環境要因は多岐にわたるため、早期細胞老化を完全に防ぐことは不可能です。しかし近年、白内障や骨格筋の萎縮など老化現象の進行が早い早老症マウスを用いた実験において、細胞老化の特徴が出てきた細胞を、薬剤を用いて特異的に死滅させることにより、老化に伴う症状の一部が軽減されるという非常に興味深い知見が報告されました7)。さらに普通のマウスでも、老化した細胞だけをこの方法で特異的に取り除くことによって、加齢に伴う疾患が抑制されるだけでなく、平均寿命も延びることが報告されました8)
 すぐにヒトへ応用することは困難ですが、もしヒトにおいても老化した細胞だけを特異的に認識して安全に除くことが出来るようになれば、細胞老化によって引き起こされる疾患の予防や治療、ひいては健康寿命を延ばすことが可能になる世の中が来るかもしれません。今後さらなる研究が進むことが望まれます。

 キーワード: 細胞老化、DNA損傷

【参考資料・文献】

1)Campisi J. Senescent cells, tumor suppression, and organismal aging: good citizens, bad neighbors. Cell, 120, 513-522 (2005)

2)Naylor RM, Baker DJ, van Deursen JM. Senescent cells: a novel therapeutic target for aging and age-related diseases. Clin Pharmacol Ther. 93, 105-16 (2013)

3)Shay JW, Wright WE. Hayflick, his limit, and cellular ageing. Nat Rev Mol Cell Biol. 1:72-6 (2000)

4)Suzuki T, Mori I, Nakayama Y, Miyakoda M, Kodama S, Watanabe M. Radiation-induced senescence-like growth arrest requires TP53 function but not telomere shortening. Radiat Res, 155, 248-253 (2001)

5)Chainiaux F, Magalhaes JP, Eliaers F, Remacle J, Toussaint O. UVB-induced premature senescence of human diploid skin fibroblasts. Int J Biochem Cell Biol, 34, 1331-9 (2002)

6) Okamura K, Nohara K. Long-term arsenite exposure induces premature senescence in B cell lymphoma A20 cells. Arch Toxicol. 90, 793-803 (2016)

7) Baker DJ, Wijshake T, Tchkonia T, LeBrasseur NK, Childs BG, van de Sluis B, Kirkland JL, van Deursen JM. Clearance of p16Ink4a-positive senescent cells delays ageing-associated disorders. Nature, 479, 232-6 (2011)

8) Baker DJ, Childs BG, Durik M, Wijers ME, Sieben CJ, Zhong J, A Saltness R, Jeganathan KB, Verzosa GC, Pezeshki A, Khazaie K, Miller JD, van Deursen JM. Naturally occurring p16(Ink4a)-positive cells shorten healthy lifespan. Nature, 530, 184-9 (2016)

(2016年3月28日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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