環境・衛生薬学トピックス

意外と知られていない水道水の塩素消毒の話

鈴鹿医療科学大学薬学部 廣森洋平
 水道水に塩素が入っていることをご存じの方は多いかと思いますが、何のために塩素を加えているのか、その詳細をご存じの方は少ないのではないかと思います。人間が生きていく上で水は欠かせないものです。歴史上、人類は飲み水を確保するために様々な努力をしてきました。その中で問題になるのが病原微生物の汚染です。 水道設備が整備される以前は、腸チフス、細菌性赤痢、コレラといった水が原因となる感染症(水系感染症)の流行が度々起きていましたし、現在でも、病原微生物に汚染された井戸水が原因で集団感染が起きています1)。 主な症状としては、腹痛、下痢、嘔吐などがあり、病原微生物に対する抵抗力が低い人の場合は命に関わることがあります。塩素消毒はこのような事態を未然に防ぐことを目的としています。  塩素を水に溶かすと、塩素が水と反応して次亜塩素酸(HOCl)とそれがイオン化した次亜塩素酸イオン(OCl-という物質が生成されます。これらの物質は強い酸化作用を持っており、その作用によって菌体膜を破壊、酵素を失活させ、殺菌作用を示します。 一方で、殺菌作用を示す濃度は、ヒトの健康に悪影響を及ぼす可能性がある濃度の1/1000以下とかなり低いため、塩素の酸化作用がヒトの健康に悪影響を及ぼす可能性は低いと考えられます。 水道水の場合は、浄水場にて様々な処理が行われた後、各家庭に送る直前の段階で行われます。そこから各家庭の水道の蛇口まで消毒された状態を維持する必要があるため、水道管の末端、すなわち蛇口から出てくる時点においても遊離残留塩素(HOCl、OCl-)濃度を0.1 mg/L以上(結合残留塩素(クロラミン類)の場合は0.4 mg/L以上)に保つよう法律によって定められています。 我が国において初めて塩素消毒が行われたのは1922年のことで、常に塩素消毒を行うようになったのは終戦を迎えてからになります。それ以降、水道が普及し、塩素消毒された水道水の供給に伴って(2015年現在の水道普及率は97.9%2))、水系感染症にかかる人の数も減少していきました3)。 井戸水に関しても飲料水として利用する際には塩素消毒をするよう各自治体が注意喚起を行っています。このように、水の塩素消毒は、人々の健康な生活に大きく貢献しています。  しかしながら、塩素消毒にも欠点が存在します。先ほども述べたように、塩素の反応性の高さが殺菌作用に関与しているのですが、その一方で、塩素が水中の成分と反応することで様々な副生成物ができることが知られています。 その中で良く聞くのはトリハロメタンではないでしょうか。トリハロメタンはクロロホルムのような、メタンの3つの水素原子がハロゲンに置換された化合物のことで、発がん性を持つものがあることが知られています。 濃度が高いと問題ですが、WHOでは様々な動物実験の結果からガイドラインを定めており、我が国ではそれを基に総トリハロメタンの濃度が0.1 mg/L以下になるように基準を定めています4,5)。 この濃度は、動物実験によって発がん性が認められる濃度よりもかなり低いため、水道水を飲み続けるとがんになりやすいということはないと考えられます。  また、塩素消毒に耐性を持つ病原微生物であるクリプトスポリジウムによる集団感染が問題となってきています。 特に水道水が汚染された場合は深刻で、我が国においても1996年6月に埼玉県越生町で住民約13,800人の内、約8,800人が腹痛、下痢を起こしたという事例があります6)。 これを受けて厚生労働省ではその対策指針を定めています7)。 具体的には紫外線照射装置の設置、ろ過による除去などがあります。 クリプトスポリジウムは熱に弱いため、煮沸するという形で家庭においても対策が可能です。  塩素消毒には問題点はいくつかあるものの、その対策はとられていますし、水の安全性を確保する上でなくてはならないものです。 塩素消毒について良く理解できれば、日本の水道水は安全であることが理解できるのではないでしょうか。

 キーワード: 病原微生物水系感染症塩素消毒塩素消毒(HOCl)次亜塩素酸イオン(OCl-トリハロメタンクリプトスポリジウム

【参考資料・文献】

1)東京都健康安全研究センターホームページ「くらしの健康(第5号) (http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/issue/health/05/2-1.html

2)厚生労働省ホームページ「水道の基本統計―水道普及率の推移」(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/database/kihon/

3)神奈川県衛生研究所ホームページ(http://www.eiken.pref.kanagawa.jp/005_databox/0504_jouhou/0601_eiken_news/files/eiken_news157.htm

4)WHO (2008) Guidelines for Drinking-water Quality THIRD EDITION INCORPORATING THE FIRST AND SECOND ADDENDA Volume 1 Recommendations(https://www.who.int/water_sanitation_health/dwq/fulltext.pdf

5)厚生労働省ホームページ「水質基準の見直しにおける検討概要」(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/dl/k26.pdf

6)山本 徳栄, 浦辺 研一, 高岡 正敏, 中澤 清明, 後藤 敦, 羽賀 道信, 渕上 博司, 木俣 勲, 井関 基弘(2000)埼玉県で発生した水道水汚染によるクリプトスポリジウム症の集団発生に関する疫学的調査 感染症学雑誌 74, 518-526

7)厚生労働省ホームページ「クリプトスポリジウム等対策について」(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/kikikanri/01a.html



(2017年6月6日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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