環境・衛生薬学トピックス
リン資源の枯渇問題とリサイクルに関する技術開発の重要性
皆さんは,リン(P)という元素をご存知でしょうか。リンは、ヒトの体内にカルシウムに次いで多く存在しており、主にヒドロキシアパタイトとして骨や歯の形成に関与しています。また、肥料成分としても有名であり、ヒトの食生活に必要不可欠な元素です。すなわち、リンはヒトと密接に関わりをもっている元素と言えます。これらのリンは、リン鉱石から得ることができますが、日本にはリン鉱石が存在しないため、日本国内で消費するリンの全量を海外からの輸入に依存しているのが現状です。また、リン鉱石を保有している国では枯渇資源であるリンを戦略物質と位置付けており、国外への輸出規制を行っています。その結果、リン鉱石の価格が高騰するといった問題が指摘されています1)。このように、リン資源の確保が年々困難になっていることから、使用したリン資源を回収・再資源化する有効的なリサイクル技術を確立する必要があると考えられています。
日本では、年間約70万トン(リン鉱石や肥料:約35万トン、農畜産物や海産物:約31万トン、その他工業原料:約4万トン)のリンが輸入されており、肥料等として用いられているため、最終的には土壌蓄積や川や海などの水環境中へ流れていくことになります(約62万トン)2)。栄養塩類であるリンは、水生生物の生育に必須の元素と考えられていますが、高濃度のリンは、富栄養化の原因となります。富栄養化とは、リンなどの流入により、植物プランクトンの異常増殖を引き起こし、魚介類の大量死や悪臭の発生、有毒物質の産生が起こる現象です。したがって、リン資源の回収およびリサイクル技術の開発は、富栄養化と枯渇資源の両問題の解決に寄与できると考えられ、日本を含め世界中で盛んに研究が行われています。
水環境中に存在するリンのリサイクル技術として、微生物や吸着剤を用いた方法、電気化学や凝集の技術を用いた方法などが研究報告されています。これらのリサイクル技術の中でも吸着剤を用いた方法が広く研究されています。他の処理方法と比較し、吸着剤を用いた処理方法では、環境への負荷が小さく、処理操作が簡便であること、さらに安価であることなどがメリットであると考えられています。最新の研究報告では、有機―無機ハイブリッド型の吸着剤を用いた検討が行われています。これらは金属有機構造体(MOF: Metal Organic Frameworks)と呼ばれており、金属と有機物質との組み合わせにより、従来の吸着剤では得ることができなかった多孔質かつ高比表面積を獲得することができます。例えば、鉄(Fe)を基材としたMOF(Fe-MOF)を用いた場合、リン吸着時において共存イオンである塩化物イオン,臭化物イオン,硝酸イオンおよび硫酸イオンの影響をほとんど受けず、水環境中に存在する共存イオンの濃度領域(10~200 mg/L)でも、リンを選択的に吸着できることが報告されています。さらに、塩化ナトリウム溶液のような脱着液を使用することにより、リンを選択的に脱離させ、再度吸着に使用できることを示しており、複数回の繰り返し使用ができることが報告されています。特に、塩化ナトリウム溶液のような中性溶液でのリン回収は、吸着剤や環境への負荷を考慮すると非常に優れたリサイクル技術であると言えます。さらに、ある実験条件下では85%のリンを回収できると報告されています3)。しかし、土壌や水環境中には、塩化物イオンなどのイオン以外にも多様な成分(有機物質や金属など)が共存しており、また、リンの濃度も多様であるために、適材適所のリサイクル技術が必要であると考えられています。
枯渇資源であるリンは、日本での注目度はまだまだ低く、国家レベルでの有効な対策は確立されていません。このリン資源の枯渇問題の解決のためには、海外からのリン資源の輸入に依存しない、リサイクル技術の開発が急務であります。そのためにはリンの循環フローを正確に把握し、リサイクル技術の適用範囲を理解すること、さらにリン資源の効率的利用を目指し、省リン技術の開発を確立する必要があります。リンは水環境汚染やヒトの食生活などに対して非常に重要な元素であるために、皆さんが安心して生活を送れるように、早急な解決策の提案や代替リサイクル技術の開発などが期待されています。
キーワード: リン、リサイクル
【参考文献】
1)Gilbert N., The disappearing nutrient, Nature, 461, 716-718, 2009.
2)大竹久夫,リンリファイナリー技術,生物工学会誌,90, 465-469, 2012.
3)Xie Q. et al., Effective adsorption and removal of phosphate from aqueous solutions and eutrophic water by Fe-based MOFs of MIL-101, Sci. Rep., 7, 3316, 2017.
日本薬学会 環境・衛生部会