環境・衛生薬学トピックス

ヒトの健康を支配する腸内細菌

昭和大学薬学部 佐々木由香

私たち人間の腸には1000種類以上、100兆個以上の細菌が生息しています。私たち人間の体を構成する細胞数は37兆個と報告されていますが1)、それよりも多く存在する腸内細菌は食事や生活環境に影響を受け、その人によって異なる割合で構成されています。腸内細菌は腸内環境を整えるだけではなく、全身の健康にも関与しています。腸内細菌は大きく分けてFirmicutes門、Bacteroidetes門、Proteobacteria門、Actinobacteria門の4つに分類されます。2006年には、肥満マウスと正常マウスを比較したときに、これらの腸内細菌の種類が異なることが発見されました。Firmicutes門とBacteroidetes門の細菌の存在比率が正常マウスではBacteroidetes門が多くを占め、反対に肥満マウスではFirmicutes門が多くを占めていました。さらに、肥満マウスの腸内細菌を正常マウスに移植したところ、正常マウスの体脂肪量が増えることもわかりました。腸内細菌の構成の違いによって食べ物からの栄養の取りこみ方が変化することが報告されたのです2)。ヒトにおいてもBMIが30以上の肥満の人と正常体重の人では腸内細菌の構成が異なることが発見され3)腸内細菌と肥満の関連について、注目されるようになりました。ほかにも、腸内細菌がアレルギー疾患やがんなどの様々な病気に関与することが報告されています4)

では、なぜ腸内細菌が腸の健康だけでなく、全身の健康にも影響するのでしょうか。腸内にはT細胞(注)などの免疫反応に重要な細胞やIgAなどの抗体が豊富に存在しており、腸管免疫を活性化することは全身の免疫反応の調節にも重要であることが知られています5)。この腸管免疫の調節に欠かせないのが腸内細菌です。腸内細菌は食物繊維などを栄養源として利用しており、プロピオン酸、酢酸、酪酸、アミノ酸などを産生します。これらの代謝物は腸内細菌の構成によって変化します。腸内細菌が産生した代謝物は大腸上皮などの細胞に取り込まれて利用されると考えられてきましたが、ほかにも様々な役割があります。特に酪酸は、免疫反応において重要な役割を担う制御性T細胞を誘導します6)。通常T細胞は免疫反応を促進して生体防御のために働きますが、制御性T細胞は通常のT細胞の働きを抑制し、T細胞が過剰に働きすぎないように制御して、炎症やアレルギーを抑制する役割があります。また、腸内細菌が産生する代謝物は腸管から吸収され、血流によって全身に運ばれます。酢酸やプロピオン酸は脂肪細胞の肥大化を抑制し、肥満を抑制します7)。また、酪酸が交感神経節に作用してエネルギー消費を促進します。このように、腸内細菌によって産生された代謝物が腸以外の全身の組織でも働いています。

腸内細菌の構成は食事や生活環境などの環境要因や年齢によって変化します。新生児は母親の膣や皮膚、母乳から細菌を受け継ぎ、好気性細菌の比率が成人よりも高くなっています。この時期、腸内細菌の数や種類はまだそれほど多くはありません。成長して幼児期になると、母乳以外の食事を摂取するようになり腸内細菌の種類も増え、腸内環境が成熟していきます。この生後2~3年の腸内細菌の構成が免疫系や脳神経系の発育に大きな影響を与えることもわかってきました8)。思春期には腸内環境への性ホルモンの影響も現れるようになり、男女差も出てきます。動物実験では、雄マウスの腸内細菌を雌マウスに移植すると雌マウスのテストステロンの分泌が促進されたと報告されています9)。成人になると腸内細菌の数も種類も豊富になり、より複雑な構成になります。さらに加齢によっても腸内細菌の構成に変化が起こり、体力の低下などにも影響することが指摘されています8)

私たちは食事や生活環境を通して腸内細菌の住む環境を提供していますが、その環境によって生息する腸内細菌の種類や働きが変化します。私たちは自分の体は自分の物と思っていますが、実は腸内細菌は私たちの体を支配していると言えるかもしれません。

キーワード: 腸内細菌腸管免疫

【注釈】

T細胞:細胞性免疫を担うリンパ球の一種。ウイルスに感染した細胞など生体に害をおよぼす細胞を攻撃するキラーT細胞と、キラーT細胞やB細胞に作用して免疫反応を活性化させるヘルパーT細胞が知られている。他にも、他のT細胞の働きを抑制する制御性T細胞なども存在する。


【参考資料・文献】

1) E Bianconi, A Pivesan, F Facchin, A Beraudi, R Casadei, F Frabetti, L Vitale, MC Pelleri, S Tassani, F Piva, S Perez-Amodio, P Strippoli, S Canaider. An estimation of the number of cells in the human body. Annals of Human Biology. 40, 463-471, 2013.

2) PJ Turnbaugh, RE Ley, MA Mahowald, V Magrini, ER Mardis, JI Gordon. An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest. Nature. 444, 1027-1031, 2006.

3) RE Ley, PJ Turnbaugh, S Klein, Gordon JI. Human gut microbes associated with obesity. Nature. 444, 1022-1023, 2006.

4) A Trompette, ES Gollwitzer, K Yadava, AK Sichelstiel, N Sprenger, C Ngom-Bru, C Blanchard, T Junt, LP Nicod, NL Harris, BJ Marsland. Gut microbiota metabolism of dietary fiber influences allergic airway disease and hematopoiesis. Nature Medicine. 20, 159-166, 2014.

5) CA Thaiss, N Zmora, M Levy, E Elinav. The microbiome and innate immunity. Nature. 535, 65-74, 2016.

6) Y Furusawa, Y Obata, S Fukuda, TA Endo, G Nakato, D Takahashi, Y Nakanishi, C Uetake, K Kato, T Kato, M Takahashi, NN Fukuda, S Murakami, E Miyauchi, S Hino, K Atarashi, S Onawa, Y Fujimura, T Lockett, JM Clarke, DL Topping, M Tomita, S Hori, O Ohara, T Morita, H Koseki, J Kikuchi, K Honda, K Hase, H Ohno. Commensal microbe-derived butyrate induces colonic regulatory T cells. Nature. 504, 446-450, 2013.

7) I Kimura, K Ozawa, D Inoue, T Imamura, K Kimura, T Maeda, K Terasawa, D Kashihara, K Hirano, T Tani, T Takahashi, S Miyauchi, G Shioi, H Inoue, G Tsujimoto. The gut microbiota suppresses insulin-mediated fat accumulation via the short-chain fatty acid receptor GPR43. Nature Communications. 4, 1829, 2013.

8) P Kundu, E Blacher, E Elinav, S Pettersson. Our gut microbiome: The evolving inner self. Cell. 171, 1481-1493, 2017.

9) JG Markle, DN Frank, S Mortin-Toth, CE Robertson, LM Feazel, U Rolle-Kampczyk, M von Bergen, KD McCoy, AJ Macpherson, JS Danska. Sex differences in the gut microbiome drive hormone-dependent regulation of autoimmunity. Science. 339, 1084-1088, 2013.



(2018年12月4日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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