環境・衛生薬学トピックス
ニンニクと健康
紀元前およそ四千年前の古代エジプトでは、ニンニクはピラミッド建設の作業員に大量に消費されていたそうで、その体力回復効果は古くから知られています。吸血鬼にニンニクが効果的というのは、病魔の暗喩としての吸血鬼にニンニクが効くことからだ、とも考えられています。日本でも古事記にニンニク
(蒜: ひる) の記載があり、古来より、魔除け、薬草、食品として用いられたようです。一方、精力を増進するニンニクは仏教の修行と相性が悪く、禅寺門前には「不許葷辛酒肉入山門」、つまり、肉や生臭い野菜
(ニンニクなど) を食べたり酒を飲んだりした者の立入は禁止、の石碑が立っていることも多いです。近代では、膨大な疫学調査の結果から、ニンニクはがん予防に効果的な野菜であることが発表されています1)。このように、様々な健康増進と密接に関係するニンニクの作用はいったいどんな食品成分に由来するのでしょうか?
ニンニクは維管束付近にアリナーゼという酵素を有します。通常ニンニクの細胞内に存在する含硫フィトケミカル (イオウを含む植物成分) であるアリインが、何らかの原因で細胞外に漏出した際にこのアリナーゼと反応することでアリシン (独特の臭気の原因) へ変換されます2)。つまり、ニンニクを切ったり潰したりしてニンニクの細胞が破砕されたときに、はじめてあの強い臭いが発生します。これは、害虫や草食動物を忌避する仕組みであると言われていますが、これを人間は美味しそう! (もしくは臭い!) と感じます。料理等でニンニクを潰してから刻むのは上記の臭い成分を際立たせるための経験的知恵なのです。アリシンは加熱など調理の過程で、ジアリルジスルフィド (DADS) やジアリルトリスルフィド (DATS) といったスルフィド (R1 – S(n) – R2の構造を有する含硫化合物[S: イオウ、R: 置換基]) に変換されます。このような多様なイオウ化合物が体内に取り込まれることで様々な生理作用を発揮すると考えられています。
アリインは強い抗酸化作用 (ヒドロキシラジカルの消去能) を示すため、酸素中毒の治療に使用されます3)。またアリインは、グルタミン酸ナトリウムとイノシン酸のうま味相乗効果 (身近な例が昆布出汁とかつお節の組み合わせ) を更に増強・延長させるため4)、食欲増進作用のもとになっていると思われます。アリシンは反応性が高く、タンパク質中のシステイン残基と結合する性質があり5)、カビやピロリ菌などの病原菌の構成タンパク質と直接結合して殺菌作用を示すと考えられています6)。アリシンは舌に存在する侵害刺激受容体TRPA1のシステイン残基と結合すると、強い辛味として認識されますので (生ニンニクを噛み砕くと辛いのはこのため)、簡単にその存在と反応性の高さを実感できるでしょう7)。一方、この反応性の高さ故、胃粘膜を傷害したり、腸内細菌までも死滅させたりしてしまうことがあります8)。また、アリシンは豚肉などに豊富に存在する水溶性ビタミンB1と会合しアリチアミンとなり、ビタミンB1の脂溶性を増すことで、腸での吸収効率を上昇させることが知られています9)。アリチアミンは体内でビタミンB1に戻り、クエン酸回路で補酵素として使用されることでグルコースからのエネルギー産生 (疲労回復) を促進させるため、そのニンニク臭を抑えた類似体であるフルスルチアミンが栄養ドリンクなどに使用されています。DADSやDATSは転写因子Nrf2を活性化させることで、薬毒物の代謝に重要である第2相解毒代謝酵素群 (様々な抱合反応により薬毒物の水溶性を上昇させ、体外へ排泄させるのに重要なタンパク質群) の発現を増大させます10)。またNrf2は抗酸化に関与するタンパク質の発現も調節します。そのため、DATSは培養心筋細胞においてNrf2活性化を介して抗酸化作用を示すことが示されています11)。血中のDATSは赤血球と反応して硫化水素へと変換され、血管拡張作用を示すことが示唆されています12)。この血管拡張は、血圧を低下させることで心臓への負担を減らすと考えられます。また、硫化水素は心筋梗塞時に心筋細胞老化を抑制することがマウスを使用した動物実験から示されています13)。
このように、ニンニクの健康増進作用には、多様な生理活性を有する多種類のイオウ化合物が寄与しており、その全容を解明すべく日夜研究が進んでいるところです。しかし前述したように、ニンニクの過剰摂取は消化器系の傷害に繋がりますので、食べ過ぎには注意しましょう。
キーワード:アリイン、アリシン、DADS、DATS
【参考資料・文献】
1) Nicastro HL, Ross SA, Milner JA. Garlic and onions: their cancer prevention properties. Cancer Prev Res (Phila), 8, 181-189, 2015.
2) Ellmore GS, Feldberg RS. Allin Lyase Localization in Bundle Sheaths of the Garlic Clove (Allium sativum). American Journal of Botany, 81, 89-94, 1994.
3) Kourounakis PN, Rekka EA. Effect on active oxygen species of alliin and Allium sativum (garlic) powder. Res Commun Chem Pathol Pharmacol, 74, 249-252, 1991.
4) Ueda Y, Sakaguchi M, Hirayama K, Miyajima R, Kimizuka A. Characteristic Flavor Constituents in Water Extract of Garli. Agric Biol Chem, 54, 163-169, 1990.
5) Rabinkov A, Miron T, Konstantinovski L, Wilchek M, Mirelman D, Weiner L. The mode of action of allicin: trapping of radicals and interaction with thiol containing proteins. Biochim Biophys Acta, 1379, 233-244, 1998.
6) Cellini L, Di Campli E, Masulli M, Di Bartolomeo S, Allocati N. Inhibition of Helicobacter pylori by garlic extract (Allium sativum). FEMS Immunol Med Microbiol, 13, 273-277, 1996.
7) Macpherson LJ, Geierstanger BH, Viswanath V, Bandell M, Eid SR, Hwang S, Patapoutian A. The pungency of garlic: activation of TRPA1 and TRPV1 in response to allicin. Curr Biol, 15, 929-934, 2005.
8) Hoshino T, Kashimoto N, Kasuga S. Effects of garlic preparations on the gastrointestinal mucosa. J Nutr, 131, 1109S-1113S, 2001.
9) Baker H, Frank O. Absorption, utilization and clinical effectiveness of allithiamines compared to water-soluble thiamines. J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo), 22 SUPPL, 63-68, 1976.
10) Chen C, Pung D, Leong V, Hebbar V, Shen G, Nair S, Li W, Kong AN. Induction of detoxifying enzymes by garlic organosulfur compounds through transcription factor Nrf2: effect of chemical structure and stress signals. Free Radic Biol Med, 37, 1578-1590, 2004.
11) Tsai CY, Wang CC, Lai TY, Tsu HN, Wang CH, Liang HY, Kuo WW. Antioxidant effects of diallyl trisulfide on high glucose-induced apoptosis are mediated by the PI3K/Akt-dependent activation of Nrf2 in cardiomyocytes. Int J Cardiol, 168, 1286-1297, 2013.
12) Benavides GA, Squadrito GL, Mills RW, Patel HD, Isbell TS, Patel RP, Darley-Usmar VM, Doeller JE, Kraus DW. Hydrogen sulfide mediates the vasoactivity of garlic. Proc Natl Acad Sci U S A, 104, 17977-17982, 2007.
13) Nishida M, Sawa T, Kitajima N, Ono K, Inoue H, Ihara H, Motohashi H, Yamamoto M, Suematsu M, Kurose H, van der Vliet A, Freeman BA, Shibata T, Uchida K, Kumagai Y, Akaike T. Hydrogen sulfide anion regulates redox signaling via electrophile sulfhydration. Nat Chem Biol, 8, 714-724, 2012.
日本薬学会 環境・衛生部会