環境・衛生薬学トピックス

生命の元素利用の進化 -なぜ生命には金属が必要なのか?-

千葉大学大学院薬学研究院 鈴木紀行

 人間の体を構成する元素の大半は典型元素であり、酸素、水素、炭素、窒素の4種で約97%を占めています。さらにリン、硫黄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、塩素まで含めると99.3%となり、それ以外の微量元素は全部合わせても0.7%以下です。しかし、この0.7%の中には鉄、亜鉛、銅、マンガン、セレン、モリブデン、コバルトなどの様々な金属元素が含まれ、それぞれが人間の生命活動に必須であることが分かっています。しかしながら、性質の良く似通った金属元素が多数存在する中で、生命はなぜその金属を利用するに至ったのでしょうか。現在では、生命が金属を利用することとなった原因の一つに、生命進化の環境要因としての酸素が関わっていると考えられています。

 約40億年前、生命が誕生した時の地球の大気は大半を二酸化炭素が占め、大気中にも海水中にも分子状の酸素(O2)はほとんど存在しませんでした。しかし、光合成のいわば排気ガスとして酸素を排出する光合成生物の誕生によって、24億年前の大酸化イベント(注1)と5億年前のカンブリア爆発(注2)の時期に地球の酸素濃度は大幅に上昇し、それが様々な金属元素を利用する生物の進化のきっかけとなったのです1)酸素濃度の上昇には生物にとって相反する2つの側面がありました。酸素を利用した好気呼吸によって効率的にエネルギーをつくることができる一方で、酸素は太古の生命にとっては猛毒であり、酸素に対する解毒システムを獲得できなかった多くの生物種は絶滅したといわれています。

 酸素の毒性を解毒する抗酸化酵素としてよく知られているスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)は有毒なスーパーオキシドラジカル(注3)を消去する酵素ですが、鉄を含有するSODであるFe-SODをもつ生物が25~20 億年前に急激に増加しています。これは環境中の酸素濃度の急激な上昇を反映したものであると考えられます。当時、鉄は海水中に還元状態の鉄イオン(Fe2+)として大量に溶けており、その鉄を利用することで酸素の毒性をのがれ、生き延びたのです2)。ところが、酸素濃度がさらに上昇することで鉄はその酸素で酸化され、酸化鉄に変化します。酸化鉄は水に溶けにくく、沈殿となって海水から消失してしまったため、せっかく獲得したFe-SODを作ることができなくなってしまいました。そこで、鉄とは逆に酸素濃度の上昇によって海水中の濃度が上昇した亜鉛と銅を取り込み、それらを含むスーパーオキシドディスムターゼであるCu/Zn-SODを獲得するに至った、と考えられています。

 同様の抗酸化酵素として、金属の一種であるセレンを含むグルタチオンペルオキシダーゼという酵素も知られています。セレンは原始の海水中にはほとんど存在しませんでしたが、カンブリア紀に急激な濃度の上昇が起こりました。セレンは金属でありながら、典型元素としての性質も併せ持ち、生体内で様々な化学形態をとっていますが、タンパク質中にはシステインの硫黄原子がセレンに置き換わった「21番目のアミノ酸」であるセレノシステインの形で含まれています3)。このようなタンパク質は、セレンタンパク質と呼ばれています。セレノシステインは、進化的にみると最近になって生物に利用されるようになったアミノ酸であり4)、ほ乳類などの高等な動物はこのセレンタンパク質をより多くもっている傾向があります。そして進化の系統樹を眺めると、このセレンタンパク質の種類が急に増える分岐点を見つけることができます。たとえばウニとホヤは近縁の生物ですが、それぞれのセレンタンパク質を比較すると、ウニは1種類しか持っていませんが、よりヒトに近いホヤでは9種類が確認されています。そして、そのウニとホヤが共通の祖先生物から分岐した時期は、ちょうど大気中の酸素濃度が現代に近いレベルまで上昇し、海水中のセレン濃度が急激に上昇した7~5億年前、つまりカンブリア爆発の時期にあたります。セレンタンパク質の機能は主に酸素の毒性を解毒する抗酸化酵素であり、セレノシステインを含む酵素はシステインを含む同じ構造の酵素に比べはるかに高い抗酸化能をもっています。このように金属の一種であるセレンを利用したスマートな抗酸化システムのおかげで、高い運動性を持ち多くのエネルギーを消費する半面、強い酸化ストレスにもさらされる多細胞生物への進化が可能となったと考えられます。

キーワード:進化酸素スーパーオキシドディスムターゼグルタチオンペルオキシダーゼ

【注釈】
(注1)大酸化イベント:光合成生物の出現によって起こった急激な酸素濃度の上昇を大酸化イベントと呼ぶ。24億年前までに現在の酸素濃度の100分の1程度に達したと考えられている。
(注2)カンブリア爆発:カンブリア紀に起こった生物の爆発的な進化をカンブリア爆発と呼ぶ。この時期に生命は多細胞生物へと進化し、現在の生物に見られる基本的な身体の仕組みが作られ、活発に動き回るようになった。
(注3)スーパーオキシドラジカル:分子状酸素よりも反応性の高い活性酸素種の一種。ミトコンドリアにおける好気的代謝によってエネルギーを産生する際に副産物として生成する。

【参考資料・文献】

1) Lyons, T. W., Reinhard, C. T., Planavsky, N. J. (2014) The rise of oxygen in Earth's early ocean and atmosphere. Nature 506, 307-315.

2) Krepski, S. T., Emerson, D., Hredzak-Showalter, P. L., Luther, G. W., Chan, C. S. (2013) Morphology of biogenic iron oxides records microbial physiology and environmental conditions: toward interpreting iron microfossils. Geobiology 11, 457-471.

3) Ogra, Y., Anan, Y., Suzuki, N. (2018) Bioanalytical Chemistry of Selenium. Selenium, Springer, Berlin.

4) Granold, M., Hajieva, P., Tosa, M. I., Irimie, F-D., Moosmann, B. (2018) Modern diversification of the amino acid repertoire driven by oxygen. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 115, 41-46.

(2020年9月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

pageの上へ戻るボタン