環境・衛生薬学トピックス

還元ストレス〜抗酸化物質の負の側面〜

慶應義塾大学薬学部 秋山 雅博

 生体内の酸化剤として知られる活性酸素種 (Reactive Oxygen Species; ROS)は、通常の好気呼吸、大気汚染物質やタバコの煙などの環境因子に曝露されることによって、生体内で産生されます。ROSは生体内の脂質やタンパク質、DNAなどの細胞構成要素に悪影響を及ぼすことが知られます1)。一方で、酵素的(カタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼなど)、または非酵素的(アスコルビン酸やグルタチオンなど)な抗酸化物質は、これらROSを中和・除去する物質です。好気性の生物では、生体内においてROSが継続的に生成され、同時に等量の生体内抗酸化物質が消費されることでレドックス(酸化還元)バランスが保たれています。レドックスバランスにおいて、ROSの産生量に対して抗酸化物質の量が不足し、酸化に傾いた状態を酸化ストレスといいます2)酸化ストレスはがん、動脈硬化、神経変性、心不全など多くの病態生理への関与が知られています3)

 一方で、レドックスバランスを保つことの重要性を鑑みれば、酸化の逆、還元に傾いた状態もまた、酸化ストレスと同様に様々な病態発症に関与している可能性があります。例えば、Nuclear factor-erythroid 2-related factor 2 (Nrf2)は、生体内の主要な抗酸化物質であるグルタチオンの産生などを制御する転写因子であり、生体内抗酸化システムに重要な働きを持ちます。そのため、Nrf2の欠損による抗酸化システムの低下は、酸化ストレスに起因する病態発症のリスクを高めることが動物実験などで示されています4)。一方逆に、Nrf2の恒常的な活性化は、グルタチオンの過度な増加を引き起こし、生体を還元に傾いた状態にします。そして、慢性的な還元状態は、時間の経過とともに病的な心臓リモデリング(心肥大)と拡張機能障害を促進することが動物実験で明らかにされています5)。また、免疫システムにおいて、ROSはアレルギー発症に寄与するヘルパーT2細胞の分化抑制、病原体(主に細菌や真菌などの原生生物)の殺菌に利用されるなど、有益な働きもあります6)。その為、抗酸化物質による過度なROSの除去は、喘息やアトピーのアレルギー、皮膚の細菌や真菌の感染など、病態の悪化に関わる可能性も指摘されています7)。このように、生体内の抗酸化システムの過稼働による還元的な傾きが、生体にとって悪影響を及ぼす可能性が示されており8-10)酸化ストレスに対して還元ストレスという新たな概念が近年提唱されています。
 これまで、レドックスバランスにおいて酸化的な傾きの状態である酸化ストレスにのみ注目が集まっていました。その為、私たちの周りには抗酸化を謳ったサプリメントが溢れています。しかしながら、還元ストレスという新たなレドックス状態を考えれば、抗酸化サプリメントに過度な期待を持つのは危険かもしれません。実際、1997年から2007年にかけて実施されたPhysicians' Health Study IIと題する臨床研究では、50歳以上の男性14,000人以上を対象とし、ビタミンE(400IUを隔日1回)やビタミンC (500mg/日)を長期間補給しても主要な心血管疾患リスクは減少しなかったことが報告されています11)。さらに、米国、プエルトリコ、カナダに住む35,000人以上の男性を対象に実施された、前立腺がんの予防試験では、ビタミンEのサプリメントは、プラセボと比較して前立腺がんのリスクを逆に17%増加させることが報告されるなど、抗酸化サプリメントの摂取が必ずしも体に有益であるとは限らないことが示唆されています12)

 酸化ストレスに対し、これまで見逃されてきた還元ストレスの研究は、まだ始まったばかりです。そのため、ヒトの健康における還元ストレスの影響やメカニズムの解明には、今後多くの時間がかかることが予想されます。しかしながら、“過ぎたるは猶及ばざるが如し”という言葉が示す様に、酸化と還元(抗酸化)、両者のバランスを適切に保つことが健康維持に重要であることは、想像に難くありません。

キーワード:ROS抗酸化物質酸化ストレス還元ストレス
【参考資料・文献】

1)Birben, E., Sahiner, U. M., Sackesen, C., Erzurum, S. & Kalayci, O. Oxidative stress and antioxidant defense. World Allergy Organ J 5, 9-19, doi:10.1097/WOX.0b013e3182439613 (2012).

2) Poljsak, B., Suput, D. & Milisav, I. Achieving the balance between ROS and antioxidants: when to use the synthetic antioxidants. Oxid Med Cell Longev 2013, 956792, doi:10.1155/2013/956792 (2013).

3) Sharifi-Rad, M. et al. Lifestyle, Oxidative Stress, and Antioxidants: Back and Forth in the Pathophysiology of Chronic Diseases. Front Physiol 11, 694, doi:10.3389/fphys.2020.00694 (2020).

4) da Costa, R. M. et al. Nrf2 as a Potential Mediator of Cardiovascular Risk in Metabolic Diseases. Front Pharmacol 10, 382, doi:10.3389/fphar.2019.00382 (2019).

5) Shanmugam, G. et al. Reductive Stress Causes Pathological Cardiac Remodeling and Diastolic Dysfunction. Antioxid Redox Signal 32, 1293-1312, doi:10.1089/ars.2019.7808 (2020).

6) Schroecksnadel, K., Fischer, B., Schennach, H., Weiss, G. & Fuchs, D. Antioxidants suppress Th1-type immune response in vitro. Drug Metab Lett 1, 166-171, doi:10.2174/187231207781369816 (2007).

7)Murr, C., Schroecksnadel, K., Winkler, C., Ledochowski, M. & Fuchs, D. Antioxidants may increase the probability of developing allergic diseases and asthma. Med Hypotheses 64, 973-977, doi:10.1016/j.mehy.2004.11.011 (2005).

8) Bellezza, I. et al. Reductive stress in striated muscle cells. Cell Mol Life Sci 77, 3547-3565, doi:10.1007/s00018-020-03476-0 (2020).

9) Rajasekaran, N. S., Shelar, S. B., Jones, D. P. & Hoidal, J. R. Reductive stress impairs myogenic differentiation. Redox Biol 34, 101492, doi:10.1016/j.redox.2020.101492 (2020).

10) Rajasekaran, N. S. Reductive Stress: Neglected Science. Antioxid Redox Signal, doi:10.1089/ars.2020.8114 (2020).

11) Sesso, H. D. et al. Vitamins E and C in the prevention of cardiovascular disease in men: the Physicians' Health Study II randomized controlled trial. JAMA 300, 2123-2133, doi:10.1001/jama.2008.600 (2008).

12) Klein, E. A. et al. Vitamin E and the risk of prostate cancer: the Selenium and Vitamin E Cancer Prevention Trial (SELECT). JAMA 306, 1549-1556, doi:10.1001/jama.2011.1437 (2011).

(2021年6月16日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

pageの上へ戻るボタン