環境・衛生薬学トピックス

Forever Chemicals, PFOAの有害性とは?

一般財団法人電力中央研究所 生物環境化学研究部門 吉田映子

 現在、世界的に有機フッ素化合物の利用規制が厳しくなっていることをご存知でしょうか。2021年1月米国マクドナルドが2025年までに全ての包装・容器から有機フッ素化合物を全廃すると発表しました。

 有機フッ素化合物はテフロン加工の原料などとして普及してきた化学物質で、耐熱性や耐薬品性といった特性を持つことから幅広い用途に用いられてきました。そのなかでも代表的な有機フッ素化合物として、パーフルオロオクタンスルホン酸“PFOS”やパーフルオロオクタン酸“PFOA”が知られています。PFOSは炭素鎖8(C8)のフッ化アルキル基にスルホン酸が結合した構造をしており(図1)、主に半導体製造、紙や繊維などへの撥水剤・防汚剤、または泡消化剤として利用されていました1)。また、PFOAは炭素鎖7(C7)のフッ化アルキル基にカルボン酸が結合した構造をしています(図2)。主な用途としてはフッ素樹脂の製造助剤やファーストフードの包装紙、電子レンジ調理用ポップコーンの袋など、紙製品に撥水性や撥油性を持たせるために使用されています1)

 これだけ汎用性に富む化学物質ではありますが、これら有機フッ素化合物の最大の特徴は、炭素-フッ素の結合力が強いため安定な構造をしており極めて壊れにくい難分解性物質であることです。そのため環境中に残留性があり、生体蓄積性も高いため、環境水中から検出されるばかりでなく野生生物2)やヒト血中3)など広範囲にまで及んでいることが報告されています。このような背景から世界的に環境排出量を削減する動きが強まり、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約では2009年にPFOSが附属書B(製造・使用・輸出入を制限すべき物質)に、2019年にはPFOAが附属書A(廃絶、製造・使用を禁止する物質)に登録されました。これを受けて我が国もPFOSが2010年4月より化審法の第一種特定化学物質として指定され、ついに2021年10月にはPFOAがこの指定を受けたことで、これら有機フッ素化合物の製造・輸入の禁止、使用の制限等が厳格に規定されました。

 では、なぜこのような厳格な管理をしなければならないのか?ヒトへの生体影響に焦点を当て紹介したいと思います(PFOSについては衛生薬学トピックス「有機フッ素化合物について」4)の項をご参照ください。)。

 一般的に有機フッ素化合物は炭素鎖が長いほど生体蓄積性が高い傾向にあり5)、毒性も強くなる6)と言われています。PFOAは曝露(経口摂取)後に容易に吸収され、主に血液中のアルブミンに結合し肝臓や腎臓に蓄積します7)。また、生体内での代謝や生体内変換を受けずPFOAとして存在します7)。さらに、ヒトの血中濃度におけるPFOAの半減期は約4.4年と実験動物(マウスで約30日)に比べ非常に長いことが報告されています8)。ヒトにおける半減期が長い理由の一つとして、PFOAの腎クリアランスは糸球体透過率の105分の1と極めて低いことがあげられます9)。これはげっ歯類やサルのPFOA腎クリアランスと比較して300~1000分の1に相当し、ヒトの腎臓ではPFOAが積極的に排泄されないことを示唆しています。

 PFOAの生体影響は多岐にわたりますが、国際がん研究機関は「ヒトに対する発がん性が疑われる」化学物質に指定しており、疫学研究では限られたエビデンスではあるもののPFOAの曝露と精巣がんや腎臓がんのリスク増加の関連性が示唆されています7、10)。さらに、生体内における毒性発現機序の1つとしてペルオキシソーム増殖剤活性化受容体α(PPARα)を活性化することが報告されています11)PPARαは脂質代謝の制御や脂肪細胞分化の調節をはじめ、様々な生理機能を担っている核内受容体です。PFOAPPARαに結合して脂質代謝酵素に関連する遺伝子の発現を強く亢進させます。PFOAを投与したラットの肝臓における網羅的遺伝子発現解析では、発現が亢進した遺伝子の大部分が脂肪酸の輸送および代謝に関わる遺伝子であり、その他、脂肪酸合成や分解に関わる遺伝子、ペルオキシソームやミトコンドリアにおける脂肪酸のβ-酸化に関わる遺伝子の発現が上昇することが報告されています12)。生体内における脂質の恒常性は、脂質の合成・分解・貯蔵および輸送のバランスによって維持されます。PFOAによるPPARαを介した脂質代謝酵素の変動は、PFOAによって正常な脂質代謝の撹乱を引き起こし、脂肪酸が担っている遺伝子発現調節機能の異常を惹起することで生体内の恒常性の破綻につながると考えられます。

 このようにPFOAは世界の産業分野を支えた高機能な化学物質ですが、生体内に一度蓄積すると、生体外に排出されるまでに時間がかかるだけでなく、代謝を受けずに生体内の脂質代謝異常を引き起こす恐れがあります。

 最近、PFOAの代替有機フッ素化合物の一つとして炭素鎖が1つ短い(C6)のパーフルオロヘキサンスルホン酸“PFHxS”(図3)が注目されています。このPFHxSの有害性についてはまだ不明な点が多いものの、PFOAと同様に難分解性・高蓄積性であり、さらにヒト体内の半減期はPFOAよりも長い5〜35年と報告されています13)。PFHxS はPFOAの代替品として使用されてきたものの、これもまた製造・使用等が禁止される廃絶対象化学物質として残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約締約国会議の勧告を受けました。

 科学技術の維持、発展にはPFOAやPFHxSのような高機能な化学物質の存在が必要不可欠だと思います。しかしながら、高機能だからといっても懸念されるべき性状を有する化学物質については規制し正しく使用することが求められます。鼬ごっこのようですが、これらを両立させ、より安全・安心して利用できる代替品の開発に期待したいと思います。


   図1. PFOS          図2. PFOA         図3. PFHxS

キーワード:有機フッ素化合物PFOAPPARα

【参考資料・文献】

1) Renner R, Growing concern over perfluorinated chemicals. Environ Sci Technol, 35: 154a-160a, doi:10.1021/es012317k (2001).

2) Lau C, et. al., Perfluoroalkyl acids: a review of monitoring and toxicological findings. Toxicol Sci, 99: 366-394, doi:10.1093/toxsci/kfm128 (2007).

3) Washino N, et al., Correlations between prenatal exposure to perfluorinated chemicals and reduced fetal growth. Environ Health Perspect, 117: 660-667, doi: 10.1289/ehp.11681 (2009).

4) 久保田領志,有機フッ素化合物について(2011年9月16日),
https://bukai.pharm.or.jp/bukai_kanei/topics/topics23.html

5) Ohmori K, et. al., Comparison of the toxicokinetics between perfluorocarboxylic acids with different carbon chain length. Toxicology, 184: 135-140, doi:10.1016/s0300-483x(02)00573-5 (2003).

6) Olson CT and Andersen ME, The acute toxicity of perfluorooctanoic and perfluorodecanoic acids in male rats and effects on tissue fatty acids. Toxicol Appl Pharmacol, 70: 362–372, doi:10.1016/0041-008x(83)90154-0 (1983).

7) 経済産業省,令和3年度第9回薬事・食品衛生審議会薬事分科会化学物質安全対策部会化学物質調査会(資料1-1)

8) Olsen GW, et. al., Half-life of serum elimination of perfluorooctanesulfonate, perfluorohezanesulfonate, and perfluorooctanoate in retired fluorochemical production workers. Environ Health Perspect, 115: 1298-1305, doi:10.1289/ehp.10009 (2007).

9) Harada K, et. al., Renal clearance of perfluorooctane sulfonate and perfluorooctanoate in humans and their species-specific excretion. Environ Res, 99: 253-261, doi: 10.1016/j.envres.2004.12.003 (2005).

10) Preliminary risk assessment of the developmental toxicity associated with exposure to perfluorooctanoic acid and its salts. U.S. Environmental Protection Agency.

11) Rosen MB, et. al., Toxicogenomic dissection of the perfluorooctanoic acid transcript profile in mouse liver: Evidence for the involvement of nuclear receptors PPARα and CAR. Toxicol Sci, 103: 46-56, doi:10.1093/toxsci/kfn025 (2008).

12) Guruge KS, et. al., Gene expression profiles in rat liver treated with perfluorooctanoic acid (PFOA). Toxicol Sci, 89: 93-107, doi:10.1093/toxsci/kfj011 (2006).

13) UNEP/POPS/POPRC.14/1 リスクプロファイル案

(2022年3月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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