環境・衛生薬学トピックス
万病のもと「糖化産物」:生命にとって不可欠な糖がもたらすリスク
グルコースをはじめとする糖は生体にとって重要なエネルギー源です。特に脳の機能維持にはグルコースが欠かせないため、低血糖は意識消失や昏睡を引き起こし、場合によっては死に至ります。一方で、糖尿病のように体内に糖が過剰に存在する状態では末梢組織に障害が生じ、心筋梗塞や失明、人工透析が必要となるような重度の腎症といった合併症につながることもあります1)。つまり糖は身近な栄養素ですが、生体内ではその厳密な量(濃度)のコントロールが必要なのです。本稿では過剰な糖が上記のような疾患を引き起こす原因である、「糖化産物」に着目し、その毒性発現のメカニズムと食事との関わりについて解説します。
糖化産物は、糖がタンパク質や核酸、脂質などの生体高分子に非酵素的に結合することで生じる物質の総称です。1912年にフランスの化学者 Louis-Camille
Maillardによって発見されたこの反応は、彼の名前にちなんで「メイラード反応」と呼ばれています2)。当初は試験管の中で起こる化学反応の一つと認識されていましたが、20世紀後半に生体サンプル(尿や血液など)や食品中に糖化産物が含まれていることが次々に明らかになりました3)。生体内で確認された糖化産物の例として、赤血球に含まれるヘモグロビンに糖が結合することで生じるヘモグロビンA1cが挙げられます4)。ヘモグロビンA1cは、糖尿病治療における血糖コントロールの指標として、現在臨床検査で広く用いられているため、ご存じの方も多いかと思います5)。
これまでに最も研究が進んでいる糖化産物の一つが、多様な構造をもつ終末糖化産物 (advanced glycation end products, AGEs) であり、その一部を図1に示します。終末糖化産物は老化とともに体内に蓄積され、糖尿病や神経変性疾患、がんなどの多くの疾患の発症に深く関与することがわかっています 6、7)。体内で生じた終末糖化産物は、それ自体が生体にとって有害な活性酸素種を産生するだけでなく、細胞表面に存在する終末糖化産物受容体 (the receptor for AGEs, RAGE)に結合し、細胞内部に炎症シグナルを発生させます4、6、7)。興味深いことに、この炎症シグナルは、終末糖化産物受容体の転写を促進する、すなわち細胞膜上における本受容体の量を増やすことで、終末糖化産物に起因する炎症シグナルを増幅します(図2)。このような複数の作用により、終末糖化産物は過剰な炎症シグナルが関与するような疾患、すなわち糖尿病やがんなどを引き起こし、悪化させると考えられています6、7)。
ここまでは糖化産物の負の側面を解説してきましたが、実は糖化産物は我々の食生活と密接に関連しています。食品の加熱や醸造の過程において、茶色くなる現象、「褐変」が起こりますが、この褐変も食品中の糖とアミノ酸が反応し、糖化産物が生じた結果です。このような食品中の糖化産物、食品科学の分野ではメラノイジンと呼ばれることもありますが、メラノイジンは食品の風味やうま味には欠かせません。また、日本人にはなじみ深い味噌や醤油にもメラノイジンが含まれており、それらには抗酸化作用などの体に良い作用があることも知られています8、9)。
糖化産物は様々な構造をもつため、その構造と生体に及ぼす影響との相関については不明な点が多く残っています。現状では、バランスの良い食生活を通じて糖と糖化産物の両方とうまく付き合っていくことが大切です。本稿が、皆さんが身近な栄養素である糖の二面性に興味を持つきっかけになれば幸いです。
キーワード:糖化産物、終末糖化産物、終末糖化産物受容体、メラノイジン
【参考資料・文献】
1) 厚生労働省 糖尿病
https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b7.html#A71
2) Maillard, L.C. Action des acides aminés sur les sucres: formation des mélanoïdines par voie méthodique. C R Acad Sci, 154: 66-68. (1912).
3) Tessier, F.J. The Maillard reaction in the human body. The main discoveries and factors that affect glycation. Pathol Biol, 58: 214-219. doi.org/10.1016/j.patbio.2009.09.014 (2010).
4) 終末糖化産物受容体 (Receptor for Advanced Glycation End Products) | 今月の分子 | PDBj 入門
https://numon.pdbj.org/mom/186?lang=ja&msclkid=e145f4e3ae5511ecab93ec4b0a3f1b9f
5) 糖化ヘモグロビン | e-ヘルスネット(厚生労働省) (mhlw.go.jp)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/metabolic/ym-066.html?msclkid=269c07ccae5711ecbdf33c298bcb6441
6) Bierhaus, A., Humpert, P.M., Morcos, M., Wendt, T., Chavakis, T., Arnold, B., Stern, D.M. and Nawroth, P.P. Understanding RAGE, the receptor for advanced glycation end products. J Mol Med, 83: 876-886. doi.org/10.1007/s00109-005-0688-7 (2005).
7) Hudson, B.I. and Lippman, M.E. Targeting RAGE signaling in inflammatory disease. Annu Rev Med, 69: 349-364. doi.org/10.1146/annurev-med-041316-085215 (2018).
8) Morales, F.J., Somoza, V. and Fogliano, V. Physiological relevance of dietary melanoidins. Amino Acids, 42: 1097-1109. doi.org/10.1007/s00726-010-0774-1 (2012).
9) 下橋淳子, 西山一朗 味噌の色調と抗酸化性との関係. 日本食生活学会誌, 19(3): 247-250. doi.org/10.2740/jisdh.19.247 (2008).
日本薬学会 環境・衛生部会