環境・衛生薬学トピックス

環境DNAについて

岐阜薬科大学 松丸大輔

 生き物の設計情報であるデオキシリボ核酸(DNA)。これが土壌や河川、海といった環境中にも存在していることはご存知でしょうか。例えば河川では、生息している生き物の鱗や皮膚片、粘液等に由来するDNAが水中に含まれており、環境DNAと呼ばれています。

 この環境DNAですが、近年多くの注目を集めています。なぜ注目されているかというと、その周辺域に特定の生き物が生息しているか否かを調べることができるからです。具体的には、環境DNAを調べれば、絶滅が危ぶまれる在来種の存在や、外来種の侵入の有無がわかります。さらに環境DNAの検出量から生物個体数がどの程度存在するか推察することも可能になってきています1,2)。また近年、外来種在来種の交雑によって、古来の在来種が失われる、あるいはその地域特有の生態系が乱されることが懸念されています。例えば、鴨川水系に生息しているオオサンショウウオはほとんどがチュウゴクオオサンショウウオとの交雑種であり、特別天然記念物である在来種の純系は、絶滅の危機に瀕していることが明らかとなって関心を集めました3)環境DNAを解析することで、外来種による遺伝的撹乱(交雑のリスク)をモニタリングできるのです。

 このような環境DNAですが、水環境における調査は現地の河川水、湖沼水を採取し、DNA吸着フィルター等を用いて水中のDNAを集めて行われます。集めたDNAから特定のDNA断片を増幅して検出、あるいは網羅的にDNA配列を読み取ります。そして、各生物のゲノム情報のデータベースと照合し、目標の生物が有する特定のDNA断片が存在するか否かを判断します4)。DNAの増幅には、コロナウイルス感染の検査でも名前を耳にすることの多いPCR法(注1)という方法を用います。2000年代後半に環境DNAの存在とその有用性が確認されてから5)、調査方法や精度は飛躍的に進歩し、多くのノウハウが蓄積されてきました。

 環境DNAを用いた生物調査方法は、水辺において生き物を直接捕獲して行う従来の調査に完全に置き換わるものではありません。しかし、現地で行うのは水を汲む作業が主なので、作業時間やコストを軽減することができますし、生息環境を荒らすこともないなど、多くのメリットがあります。一方で、環境DNAにはまだ性質が完全には理解されていない点や、調査の限界があるのも事実です。例えば、環境DNAが出現してから消失するまでの時間、そして環境DNAの安定性がはっきりわかっていません。また、採水場所、天候、水温による変化、生物の活動時間等も考慮しなくてはならない場合があります。さらに、目標生物の状態(その生死や、成熟個体なのかどうか)までは判断することはできません。

 環境DNAによる生物調査には、このような限界はあるものの、従来法とうまく組み合わせて運用することで生物保護の観点から意義深い知見を得られると考えられます。例を挙げると、日本各地で調査、解析した環境DNAのデータから、各地の魚類の種類や分布を捉えたデータベース(ANEMONE(注2) DB、日本全国の魚類相マップ6)が公開されています。このようなデータベースの構築、そして高頻度での調査を行うことは、絶滅が危ぶまれる在来種の保全と侵略的外来種・外来生物のモニタリング、すなわち生態系・生物多様性を守るために非常に有用であると考えられます。

キーワード:環境DNA在来種外来種生物多様性

【注釈】
(注1)polymerase chain reactionはDNAの特定領域を増幅させる方法
(注2)ANEMONE(All Nippon eDNA Monitoring Network)は環境DNAを利用した生物多様性観測のネットワーク

【参考資料・文献】

1)Doi H, Inui R, Akamatsu Y, Kanno K, Yamanaka H, Takahara T, Minamoto T. Environmental DNA analysis for estimating the abundance and biomass of stream fish. Freshwater Biology, 62:30-39, doi.org/10.1111/fwb.12846 (2017).

2) Fukaya K, Murakami H, Yoon S, Minami K, Osada Y, Yamamoto S, Masuda R, Kasai A, Miyashita A, Minamoto T, Kondoh M. Estimating fish population abundance by integrating quantitative data on environmental DNA and hydrodynamic modelling. Molecular Ecology, 30:3057-3067, doi.org/10.1111/mec.15530 (2021).

3) 平成23年度特別天然記念物オオサンショウウオ緊急調査 調査実績(京都市)
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000120788.html

4) 環境DNA分析技術を用いた淡水魚類調査手法の手引き(改訂第2版) 環境省自然環境局生物多様性センター

5) Ficetola GF, Miaud C, Pompanon F, Taberlet P. Species detection using environmental DNA from water samples. Biology Letters, 4:423-425, doi.org/10.1098/rsbl.2008.0118 (2008).

6) ANEMONE DB
https://db.anemone.bio/

(2022年9月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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