環境・衛生薬学トピックス

乳がんのリスク要因としての女性ホルモン

明治薬科大学 進藤佐和子

 乳腺に発生する乳がんは日本人女性のがんの罹患率の第1位であり、この20年間で2倍近く増加しています。また、男性乳がんも乳がん全体の約1%を占めています1)。乳がんのリスク要因としては、喫煙やアルコールの摂取、肥満などの生活習慣、遺伝(5~10%)などがあります。これらのリスク要因を抑えて最も重要な因子とされているのが女性ホルモンの一種のエストロゲンです。複数の研究において、血液中のエストロゲンレベルが高い人は乳がんのリスクが高いということが確認されています。また、乳がんのがん細胞の60~70%は、エストロゲンの影響を受けて分裂・増殖しますが、乳がん細胞にはいくつかの特徴的な性質があることが知られています。本稿では、エストロゲンがリスクとなる乳がんについて予防の観点から解説します。

 乳がんは4つのタイプに分類※1され、そのタイプにより治療方針も異なっています。その1つであるホルモン受容体陽性乳がんは、エストロゲン依存性に発生・増殖するタイプの「エストロゲン受容体(estrogen receptor, ER)陽性乳がん」とも呼ばれています2,3)。現在、男性乳がんも含めて乳がん全体の70%以上がER陽性乳がんとされています4)ER陽性乳がんの増悪因子であるエストロゲンは、初経のあたりから分泌量が増し、月経周期の卵胞期後半から排卵直前に高分泌される女性ホルモンであり、卵巣機能が低下する閉経後には減少していきます。そのため、エストロゲンに曝露される期間が長い人(初経年齢が早い、または閉経年齢が遅い人)はリスクが高いとされています。また、更年期障害の治療などでエストロゲンと、月経周期の排卵後に分泌される女性ホルモンのプロゲステロンを投与するホルモン補充療法を受けた人、同じく両ホルモンが含まれている経口避妊薬(ピル)を服用している人もリスクが高いことが確認されています2)エストロゲンの配合量が少なく、安全面で問題が無いとされている低用量ピルは、若年層の多くの女性の月経前症候群や子宮内膜症の治療のために処方されていますが、乳がんリスクの可能性が無視できないため、長期服用では乳がん検診を勧められる場合があります。また、現在は日本を含むほとんどの国で使用が中止されている合成エストロゲン剤のジエチルスチルベストロールは、かつて流産防止剤などに用いられていましたが、乳がんリスクを上昇させるという結果が複数の疫学研究で報告されています。その他、乳がんとホルモン様活性をもつ内分泌かく乱物質に関する要因対照研究が海外で行われており、特に有機塩素系化合物※2にはエストロゲン様作用があるため、乳がんとの関連を検討した研究がこれまでに数多く報告されています2,5)。しかし、人種差や調査地域の環境要因の考慮が必要であるため、必ずしも日本人に当てはまるとは限らず、日本人に対する調査が進んでいるわけではありません。

 我々の一番身近な環境要因である食品の中にもエストロゲン様作用をもつ成分を含むものがあります。中でも日本において馴染みのある大豆食品(味噌、豆腐、納豆など)は、エストロゲンと分子構造が似ているイソフラボン(植物性エストロゲンの一種)を多く含んでいます。イソフラボンは、エストロゲンと同様にERに結合してエストロゲン様作用を示しますが、その活性はエストロゲンの1,000分の1から10,000分の1程度です。したがって、イソフラボンは、体内エストロゲンが不足している場合にはエストロゲン様作用を示しますが、体内エストロゲンが過剰な場合にはエストロゲンと競合してERに結合することで抗エストロゲン様作用を示します。つまり、体内のエストロゲン分泌状況によって、イソフラボンがエストロゲン様作用を示すのか、抗エストロゲン様作用を示すのかは変動するのです。イソフラボンはポリフェノールと総称される物質の一つで植物成分のフラボノイド類に属し、その種類は1,000種類を超すとされていますが、エストロゲン活性をもつ代表的なイソフラボンとしてゲニスタイン、ダイゼインなどがあります。大豆食品は、ダイゼインおよびゲニステインを多く含み、これらが抗エストロゲン様作用を発揮し、日本における症例対照研究において乳がんのリスクを軽減するとされています6)。一方で、イソフラボンにはエストロゲン作用もあるため過剰な量を摂ると乳がん発症のリスクが高まります。しかし、食事により得られる程度のイソフラボンによる乳がん発症リスクの増加は確認されていません7,8)。厚生労働省では、イソフラボンの1日の上限目安量が検討され、1日の摂取目安量を70~75 mgとしています。そのうちサプリメントから摂るのは30 mg以下にとどめることを勧めています9)。乳がん予防効果を期待した高用量のイソフラボンサプリメントの服用や大量の大豆食品の摂取はエストロゲン様作用の増強につながるため注意が必要です。

1 乳がんは、その性質により4つの代表的なタイプに分類される。
  ①「ホルモン受容体陽性乳がん(ER陽性乳がん)」:ERが陽性、プロゲステロン受容体(PR)と細胞増殖に関与するタンパク質HER2が陽性または陰性の乳がん
  ②「HER2陽性乳がん」:ERPRが陰性、HER2が陽性の乳がん
  ③「トリプルネガティブ乳がん」:ERPRHER2の3つすべてが陰性の乳がん
  ④「遺伝性乳がん」:遺伝要因が影響する乳がん

※2 有機塩素系化合物のジクロロジフェニルトリクロロエタンは殺虫剤として日本では1981年まで広く使用されていました。β-ヘキサクロロシクロヘキサンも殺虫剤として1970年代前半まで使用されていました。現在ではこれらの物質に直接曝露されることはありませんが、自然に分解されにくいため、残留物質による魚介類、肉類、乳製品など食品からの摂取が指摘されています。ただし、残留物質による影響は時間経過とともに低下しています。

キーワード: エストロゲンERER陽性乳がん

【参考資料・文献】

1)国立研究開発法人国立がん研究センター
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/14_breast.html

2) Gray J M, Rasanayagam S, Engel C, Rizzo J. State of the evidence 2017: an update on the connection between breast cancer and the environment. Environ Health, 16(1): 94. doi: 10.1186/s12940-017-0287-4 (2017).

3) Yamashita H, Iwase H, Toyama T, Takahashi S, Sugiura H, Yoshimoto N, Endo Y, Fujii Y, and Kobayashi S. Estrogen receptor-positive breast cancer in Japanese women: trends in incidence, characteristics, and prognosis. Ann Oncol, 22(6): 1318-1325. doi: 10.1093/annonc/mdq596 (2011).

4) Gombos A. Selective oestrogen receptor degraders in breast cancer: a review and perspectives. Curr Opin Oncol, 31(5): 424-429. doi: 10.1097/CCO.0000000000000567 (2019).

5) 国立研究開発法人国立がん研究センター社会と健康研究センター予防研究グループ.内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する研究
https://epi.ncc.go.jp/edc/591/2568.html

6) Hirose K, Imaeda N, Tokudome Y, Goto C, Wakai K, Matsuo K, Ito H, Toyama T, Iwata H, Tokudome S, and Tajima K. Soybean products and reduction of breast cancer risk: a case–control study in Japan. Br J Cancer, 93(1): 15-22. doi: 10.1038/sj.bjc.6602659 (2005).

7) Iwasaki M, Inoue M, Otani T, Sasazuki S, Kurahashi N, Miura T, et al. Plasma isoflavone level and subsequent risk of breast cancer among Japanese women:a nested case-control study from the Japan Public Health Center—based prospective study group. J Clin Oncol, 26(10): 1677-1683. doi: 10.1200/JCO.2007.13.9964 (2008)

8) Nishio K, Niwa Y, Toyoshima H, Tamakoshi K, Kondo T, Yatsuya H, et al. Consumption of soy foods and the risk of breast cancer:findings from the Japan Collaborative Cohort(JACC)Study. Cancer Causes Control, 18(8): 801-808. doi: 10.1007/s10552-007-9023-7 (2007)

9) 厚生労働省 大豆及び大豆イソフラボンに関するQ&A
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/02/h0202-1a.html
(2022年12月31日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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