環境・衛生薬学トピックス
動物が持つ毒からできた薬の話
カツオノエボシやヒョウモンダコなど有毒動物がニュース等で取り上げられることも多くなり、毒を持つ生き物を知る機会が増えています。これらの有毒生物は命の危険をもたらすこともあるので十分に注意が必要です。しかし一方で、「毒と薬は表裏一体」というように、有毒生物の毒成分が薬として利用されていることもたくさんあります。例えば、有毒植物のチョウセンアサガオやベラドンナに含まれるアトロピンは、副交感神経を抑制する作用があり、適切な量を使用することで胃痙攣の抑制薬、小児期の近視の進行を軽減させる目的で点眼薬として利用されています。また、殺人事件にも使用されたこともあるトリカブトに含まれる麻痺性神経毒アコニチンは、漢方では「附子(ぶし)」と呼ばれ、毒性を弱めた後に強心薬や鎮痛薬として使われています。一方で、動物由来の毒成分が薬として利用されていることはあまり知られていないかもしれません。そこで今回は薬として利用されている動物由来の毒について紹介します。
糖尿病の有病者は、本邦では推定約1,150万人であり、糖尿病予備群も合わせると実に約2000万人に及ぶと推定されています1)。糖尿病には1型糖尿病と2型糖尿病があります。1型糖尿病では、血糖値を下げる作用を持つインスリンというホルモンを分泌する膵臓のβ細胞が壊れてしまうため、インスリンが分泌されなくなって血糖値が高くなります。一方、2型糖尿病では、生活習慣や様々な要因によってβ細胞からのインスリン分泌が弱くなったり、分泌されたインスリンが作用しにくくなることで血糖値が高くなります。本邦の糖尿病患者さんの10人中9人は2型糖尿病といわれています。2型糖尿病の患者さんに使用される薬には、インスリンの注射や糖の再吸収を阻害する薬などがありますが、GLP-1受容体作動薬もその1つです。GLP-1とはグルカゴン様ペプチド-1といって、小腸から分泌されるホルモンの1つでインスリンの分泌を促して血糖値を下げる作用があります。GLP-1受容体作動薬はヒトのGLP-1と同じような働きをしてインスリンの分泌を促し、血糖値を下げる薬です2)。実はこのGLP-1受容体作動薬開発の基になったのは、アメリカドクトカゲ(Heloderma suspectum)の唾液から単離されたペプチドなのです。アメリカドクトカゲは、アメリカ南西部の砂漠地帯に生息する体長60
cmほどのトカゲで、別名をヒラモンスターといいます。ちょっと恐ろしげな名前ですが、ヒトに対する毒性は弱く、噛まれて強い痛みはありますが死ぬことはほとんどありません。1982年、Raufmanらはアメリカドクトカゲの唾液中に、哺乳類の膵臓細胞を刺激して活性化するペプチドが存在することを明らかにしました3)。そして1992年、Engらによってこのペプチドが単離され、キセンジン-4と名付けられました4)。エキセンジン-4はヒトのGLP-1と非常に似た配列をしていたことから、同じような機能をするのではないかと考えられて研究が進められた結果、エキセンジン-4はGLP-1受容体を強力に活性化してインスリン分泌を促進するだけでなく、ヒトGLP-1より長く体の中で作用することが分かりました5, 6)。そこで治療薬への応用を目指してエキセンジン-4を人工的に合成したペプチド分子エキセナチドが開発されて臨床試験が行われ、2005年に糖尿病の治療薬として販売され、世界中で大ヒットしました。現在もエキセナチドを基により効果が改善された様々なタイプのGLP-1受容体作動薬が開発されて使用されています。
また、有毒生物の代表ともいえる毒ヘビから単離された毒成分も薬として利用されています。毒ヘビの毒には、獲物の動きを止めるために神経を麻痺させる毒成分や出血を促す毒成分、血圧を下げる毒成分など多種の成分が含まれています。ブラジル南部からアルゼンチンにかけた南アメリカ地域に生息するハララカアメリカハブ(Bothrops
jararaca) という毒ヘビの毒液から単離されたカプトプリルは、私たちの体内で血圧を上げる作用を持つアンジオテンシンIIという分子の働きを抑えることで血圧を下げる効果があることが発見されました7)。この性質を利用してカプトプリルは1986年に降圧剤として販売されて大きな治療効果をあげました。
そのほかにも捕食性貝類のイモガイから単離された麻痺性神経毒であるω-コノトキシンMVIIAは、その後プリアルトという別名で重度慢性疼痛に対する鎮痛薬として販売されています8)。ここでは有毒生物由来の毒成分について全て紹介しきれませんが、すでに薬として利用されているものや、現在臨床試験中のものは多くあります9)。
世界で毒を持つ動物は現在20万種以上といわれており、分類学上記載されている全動物のほぼ15%にあたります10)。その中にはまだまだ私たちの知らない成分を持った有毒生物がたくさんおり、現在治療薬がない病気に対して有効な成分を持つ動物がいるかもしれません。有毒生物は厄介で危険な生き物としてどうしても負の感情を持ってみられがちですが、薬になる可能性があると思うと、愛おしいまではいかずとも、少し親しみを持って接することができるようになるかもしれません。
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【参考資料・文献】
1)1) 厚生労働省:平成28年「国民健康・栄養調査」の結果 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177189.html
2) Drucker DJ, Nauck MA., The incretin system: glucagon-like peptide-1 receptor agonists and dipeptidyl peptidase-4 inhibitors in type 2 diabetes Lancet 368, 1696-1705. doi: 10.1016/S0140-6736(06)69705-5 (2006).
3) Raufman JP, Jensen RT, Sutliff VE, Pisano JJ, Gardner JD., Actions of Gila monster venom on dispersed acini from guinea pig pancreas. Am J Physiol. 242, G470-4. doi: 10.1152/ajpgi.1982.242.5.G470 (1982).
4) Eng J, Kleinman WA, Singh L, Singh G, Raufman JP., Isolation and characterization of exendin-4, an exendin-3 analogue, from Heloderma suspectum venom. Further evidence for an exendin receptor on dispersed acini from guinea pig pancreas. J.Biol.Chem. 267, 7402-7405 (1992).
5) Young AA, Gedulin BR, Bhavsar S, Bodkin N, Jodka C, Hansen B, Denaro M., Glucose-lowering and insulin-sensitizing actions of exendin-4: studies in obese diabetic (ob/ob, db/db) mice, diabetic fatty Zucker rats, and diabetic rhesus monkeys (Macaca mulatta). Diabetes. 48, 1026-34. doi: 10.2337/diabetes.48.5.1026 (1999).
6) Greig NH, Holloway HW, De Ore KA, Jani D, Wang Y, Zhou J, Garant MJ, Egan JM., Once daily injection of exendin-4 to diabetic mice achieves long-term beneficial effects on blood glucose concentrations. Diabetologia. 42, 45-50. doi: 10.1007/s001250051111 (1999).
7) Brunner HR, Waeber B, Wauters JP, Turin G, McKinstry D, Gavras H., Innappropriate renin secretion unmasked by captopril (SQ 14 225) in hypertension of chronic renal failure Lancet 312, 704-707. doi: 10.1016/s0140-6736(78)92703-4 (1978)..
8) Olivera BM, Cruz LJ, de Santos V, LeCheminant GW, Griffin D, Zeikus R, McIntosh JM, Galyean R, Varga J, Gray WR, Rivier J., Neuronal calcium channel antagonists. Discrimination between calcium channel subtypes using omega-conotoxin from Conus magus venom. Biochemistry 26, 2086-90. doi: 10.1021/bi00382a004 (1987).
9) Morsy MA, Gupta S, Dora CP, Jhawat V, Dhanawat M, Mehta D, Gupta K, Nair AB, El-Daly M., Venoms classification and therapeutic uses: a narrative review. Eur. Rev Med Pharmacol Sci. 27, 1633-1653. doi: 10.26355/eurrev_202302_31408 (2023).
10) Undheim EAB, Jenner RA., Phylogenetic analyses suggest centipede venom arsenals were repeatedly stocked by horizontal gene transfer. Nat Commun. 12, 818. doi: 10.1038/s41467-021-21093-8 (2021).
解説)
通常、体内でGLP-1は、分解酵素であるDPP-4により、血中において速やかに分解されるため、わずか数分で活性が消失します。したがってGPL-1を治療に用いるためには持続的な投与が必要になります。しかしエキセナチドは、DPP-4による切断に関わるアミノ酸配列がGLP-1と異なっているのでDPP-4による分解を受けません。そのためより長く体内で活性を維持することができ、インスリンを効果的に増加させることができます。
日本薬学会 環境・衛生部会