環境・衛生薬学トピックス

赤痢アメーバについて

静岡県立大学薬学部 志津 怜太

 赤痢アメ−バ(Entamoeba histolytica)は、世界人口の約1%に感染する寄生性原虫です。赤痢アメ−バのヒトへの感染は、粘血便(粘液と血液が混じった便)をはじめとする赤痢症状を示すアメーバ赤痢(感染症法(注1)の五類感染症)を発症させます。赤痢アメーバは、感染後、大腸内で増殖し、4週間程度の潜伏期間の後、大腸炎を引き起こします。一部は腸粘膜を越えて肝に移行し、肝膿瘍を引き起こします。

 例えば、エキノコックス(注2)Echinococcus multilocularis)でいうネズミとキツネのように、多くの寄生虫は中間宿主と終宿主のような生活環(注3)を有していますが、赤痢アメーバに中間宿主は存在せず、宿主=ヒトのみで生活環が完結しています。すなわち、赤痢アメーバの感染経路は主に感染者の糞便中に排泄される赤痢アメーバ嚢子に汚染された飲み水や食べ物を摂取することであり、赤痢アメーバ感染症は上下水道の整備が不十分な発展途上国や、し尿を肥料にしているような地域を中心に流行しています。

 赤痢アメ−バには、世界で毎年約5,000万人が感染し、そのうち約10万人が死亡していると推定されています1)。国内では、感染拡大地域への海外旅行による感染に加えて、性行為により感染が拡大していると考えられています。国内では毎年500〜800件程度の発症が報告され2)寄生虫感染症において、原虫(注4)では最も件数が多い感染症です。また、感染者のうち90%が無症状であり、実際は、感染者が毎年その10倍以上の規模で存在することも示唆されています3)。無症状感染者は,赤痢アメーバを体内で増殖させるリザーバーとなり、病原体を排出し続けることで感染を拡大させる可能性があるため、赤痢アメーバの感染対策には、無症状感染者をいかにして見つけるかが重要と考えられています。

 2006~2012年に国立国際医療研究センター病院エイズ治療研究開発センターを受診した初診ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者を対象に,赤痢アメーバ感染経験の指標となる赤痢アメーバ抗血清陽性率を調べた報告では、その21.3%が陽性でした4)。2017年に東京都新宿区内の自発的性感染症検査場で行われた調査では、赤痢アメーバ抗血清陽性率は2.64%と、HIV抗血清陽性率(0.34%)や梅毒抗血清陽性率(2.11%)と比較しても高く、性感染症として拡大していることが報告されました4)

 他方、国内の無症状感染者由来の分離株を用いたゲノム解析から、分離株はAIG1と呼ばれるタンパク質を欠損していることが報告されました5)。AIG1は細胞接着性に関与し、これを欠損した株はヒトへの定着が低下し、病原性が低い可能性があります。このようにEntamoeba histolyticaに高病原性株と低病原性株が存在するのであれば、株の違いに基づいた拡大防止対策を実施していくことが重要であると思われます。

 顧みられない熱帯病(注5)を含む新興・再興感染症の制圧は、我が国のような医療先進国に課された課題であり、今後の赤痢アメーバ感染に対するさらなる研究の発展と、それに基づく公衆衛生対策の構築が期待されます。

キーワード: 赤痢アメーバ寄生虫感染症

【注釈】
(注1)感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律。感染症を症状の重さや病原体の感染力を指標に危険性が高い方から順に一類感染症から五類感染症まで分類している。
(注2)エキノコックスはキツネなどの食肉目動物に感染する寄生虫であり、食肉目動物の糞便に排出される卵を摂取することでヒトは感染する。感染後、数年間にわたる長い潜伏期間の後、肝機能障害等を呈するエキノコックス症(感染症法の四類感染症)を発症する。
(注3)寄生虫が寄生する相手を宿主と呼び、最終的に成虫が寄生し虫卵を排出する宿主のことを終宿主、必ず経由する幼虫が寄生する宿主を中間宿主と呼ぶ。卵から成虫に成長し新たな卵を産むまでの周期を生活環と呼ぶ。
(注4)寄生虫は主に蠕虫と原虫に分類され、蠕虫は多細胞で細長い体を持ち、原虫は単細胞の微生物である。
(注5)熱帯地域、貧困地域を中心に蔓延している寄生虫や細菌の感染症。三大感染症とされるエイズ、マラリア、結核と比較して、主要な感染症と考えられてこなかったことから「Neglected Tropical Diseases(顧みられない熱帯病)」と呼ばれる。持続可能な開発目標(SDGs)の目標3には、2030年までにこれらの感染症を根絶させることが掲げられている。

【参考資料・文献】

1)Philip J. Rosenthal, 35-07: Amebiasis, Quick Medical Diagnosis & Treatment 2023 (2023).

2) 国立感染症研究所 感染症発生動向調査年別一覧表 五類感染症(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata.html).

3) Bennett JE, Dolin R, Blaser MJ. Principles and practice of infectious diseases. 8th ed, Vol 2. Philadelphia, USA. Elsevier Sanders (2015).

4) Watanabe K, Yanagawa Y, Wakimoto Y, アメーバ赤痢:性感染症としての拡大と国内診療上の問題点について, 日本エイズ学会誌, 21, 132-142 (2019).

5) Nakada-Tsukui K, Sekizuka T, Sato-Ebine E, Escueta-de Cadiz A, Ji Dd, et al. AIG1 affects in vitro and in vivo virulence in clinical isolates of Entamoeba histolytica. PLOS Pathogens, 14, e1007091, 2018. doi: 10.1371/journal.ppat.1007091 (2018).

(2024年10月5日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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