環境・衛生薬学トピックス

HIV感染症/AIDSを考える

熊本大学 大学院生命科学研究部 岸本 直樹

 HIV(human immunodeficiency virus、ヒト免疫不全ウイルス)というウイルスの名前を聞いたことがあると思います。このウイルスはヒトの免疫細胞の遺伝子にウイルスの遺伝子を組み込むことで感染を成立させます。通常HIVに感染した細胞はウイルス複製の結果として死に至りますが、一部の感染細胞は長期間生存し免疫系を継続的に攻撃し続けます(注1)。CD4陽性T細胞とよばれる免疫細胞の血中数が200/µL以下になると日和見感染症(注2)や日和見腫瘍(注3)を併発しやすくなります。そしてHIVに感染し、病態が進行した状態はAIDS(acquired immunodeficiency syndrome、エイズ)とよばれます。2023年末時点では、世界におけるHIV感染者は約3,990万人と見積もられており、HIV感染は公衆衛生上の問題と位置づけられています。

 HIV感染症/AIDSは、発見されてから40年以上が経過しています(1983年のLuc Antoine Montagnier博士とFrançois Claire Barré-Sinoussi博士による HIVの単離の功績は、2008年ノーベル生理学・医学賞を受賞しています)。この感染症の報告当時、感染経路は完全に解明されておらず治療薬もなかったことから、「HIV感染=死」として広く恐れられ、HIV感染は偏見や恐怖の対象でした。そのような中1987年に満屋裕明博士が発見したジドブジン(AZT)が米国FDA(Food and Drug Administration、米国食品医薬品局)に世界初の抗HIV薬として認可され、薬による治療が開始されました。AZTに続き多彩な作用機序を有する抗HIV薬が開発されたことで複数の抗HIV薬を組み合わせた多剤併用療法が実施され、体内のウイルス量のコントロールが可能となりました。そして現在は、HIVに感染していても健康な人とほぼ変わらない生活を送ることができる時代となっています。しかし、抗HIV薬はウイルスの増殖を抑制することはできるものの体内からHIVを完全に除去することはできません。そのためHIV感染者は、一生涯に渡り抗HIV薬の服薬を継続する必要があります。このことは、長期的な服薬による副作用のリスクや経済的負担といった課題をもたらしており、HIVを体内から完全に除去する治療戦略の確立は今もなお求められています。

 HIVに対するワクチンはまだ存在しませんが、感染を防ぐ方法は考えられています。その一つの手段として登場したものが、PrEP(pre-exposure prophylaxis、曝露前予防内服)と呼ばれる方法です。これは、HIVに感染していないが、高い感染リスクに曝される場合(パートナーがHIV陽性の場合など)に推奨される予防法です。日本においては、ツルバダ配合錠(注4)が2024年8月にPrEPとして適応追加の承認を取得しました(注5)PrEPの開始にあたっては注意すべき項目が数多く存在するため、医師の指導の下で正しく使用される必要がありますが、世界中で広く知られるHIV感染の予防手段となってきています。また、概念として「U=U」というものが重要視されています。これは「Undetectable(検出限界未満のウイルス量) = Untransmittable(感染の伝播なし)」という意味です。2016年に行われた国際的な研究によって、検出限界未満のウイルス量を継続的に維持できているHIV陽性者からは、感染リスクがないことが確認されました。「U=U」が示しているものは性行為によるHIVの感染リスクのみであることに注意する必要がありますが、「U=U」の社会への浸透、そして他のHIV感染症予防手段とともに適切に使用されるPrEPの普及は、HIVの感染予防に大きく貢献すると考えられます。

 WHOは2030年までにAIDS終息を目指しています。そのためには、体内からHIVを排除する治療戦略の確立を目指した基礎研究の発展やHIV/AIDSに関する正しい知識と理解の社会への浸透が必要になってきます。本稿が世界規模での公衆衛生の向上に繋がることを願っています。

 キーワード: HIVAIDS抗HIV薬U=UPrEP

【注釈】
(注1)長期生存する細胞は、ウイルスが潜伏感染した細胞と考えられている。潜伏感染とはウイルス複製が全く、またはほとんど行われていない状態である。潜伏感染細胞はウイルス複製が抑制されているために長期生存しやすく、そこから微量に産生されるウイルスが生体内での感染伝播を担い免疫系を攻撃し続ける。
(注2)健康な状態では感染しないような弱い病原体によって引き起こされる感染症。免疫系が弱まっているときにおこる感染症。サイトメガロウイルス感染症など。
(注3)免疫系が弱くなった結果として発生する腫瘍。AIDSの診断基準に用いられる。カポジ肉腫、非ホジキンリンパ腫など。
(注4)一般名:エムトリシタビン・テノホビル ジソプロキシルフマル酸塩。FDAによるPrEP承認は2012年7月。ツルバダ配合錠は、HIV感染症の治療薬として使用する場合は保険適用であるが、PrEPとして使用する場合は保険適用外となる(薬事承認を受けても、保険適用となるわけではない)。
(注5)PrEPには、1日1回の内服を続けるデイリーPrEPと、リスク行為の前後に内服を行うオンデマンドPrEPがあるが、今回日本において承認されたPrEPとしてのツルバダ配合錠使用はデイリーPrEPである。デイリーPrEPは継続的な服用(良好なアドヒアランス)が必要となるが、効果が高いとされている。一方、オンデマンドPrEPは性行為のタイミングに応じて服用するが、薬効発揮までの時間を考慮した服用が必要で、デイリーPrEPよりも効果が低いとされる。

【参考資料・文献】

1) UNAIDS website, https://www.unaids.org/en

.2) CDC. Pneumocystis pneumonia --- Los Angeles. MMWR 1981, 30:250-252.

3) Barré-Sinoussi F, Chermann JC, Rey F, Nugeyre MT, Chamaret S, Gruest J, Dauguet C, Axler-Blin C, Vézinet-Brun F, Rouzioux C, Rozenbaum W, Montagnier L. Isolation of a T-lymphotropic retrovirus from a patient at risk for acquired immune deficiency syndrome (AIDS). Science, 220(4599):868-871. doi: 10.1126/science.6189183 (1983).

4) Mitsuya H, Weinhold KJ, Furman PA, St Clair MH, Lehrman SN, Gallo RC, Bolognesi D, Barry DW, Broder S. 3'-Azido-3'-deoxythymidine (BW A509U): an antiviral agent that inhibits the infectivity and cytopathic effect of human T-lymphotropic virus type III/lymphadenopathy-associated virus in vitro. Proc Natl Acad Sci U S A, 82(20):7096-7100. doi: 10.1073/pnas.82.20.7096 (1985).

5) 抗HIV治療ガイドライン2024年3月(https://hiv-guidelines.jp/index.htm

6) 日本におけるHIV感染予防のための曝露前予防(PrEP)利用の手引き【第1版 ver.2.0】(https://jaids.jp/wpsystem/wp-content/uploads/2024/07/tebiki-1Pver-new.pdf

(2025年3月18日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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