環境・衛生薬学トピックス

自閉スペクトラム症に関連する環境要因

東京薬科大学薬学部 篠田 陽

 自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder: ASD)は、生まれつき脳のはたらきが定型発達(発達障害に当てはまらない、年齢相応の発達を示す状態)の人と異なることによって、対人関係やコミュニケーション、行動の特徴に様々な違いがあらわれる状態で、有病率(注1はおよそ1%にも上ることが推定されています1)ASDの子どもや大人は、物事の順序や対象に強いこだわりを持ったり、音や光などの刺激に敏感だったりすることがあります。症状の現れ方や程度は個人差が大きく、人によっては日常生活でほとんど支障がない場合もあれば、特別なサポートが必要な場合もあります。これが「スペクトラム(連続体)」と呼ばれるゆえんで、知的な能力や言語の発達も人それぞれです。ASDは親のしつけの問題などで起こるものではなく、生まれつきの脳の多様性により生じるとして医学的にも理解されています。ASD者の特徴的な行動は、発達過程における神経ネットワーク構築が定型発達者と異なることに起因することはおそらく間違いないのですが、どのようにASDが発症するのか、その原因についてはまだ完全にはわかっていません。

 現在、多くの研究者が「ASDはひとつの原因ではなく、遺伝と環境のさまざまな要素が重なり合って生じる」と考えています。一卵性双生児(注2の研究などからもASDは遺伝要因(注3が強いことが明らかにされており、ASD発症に関連する遺伝子(注4は1,000を超えています1)。一方、すべてが遺伝要因で説明できないことも知られており、そこには環境要因も複雑に絡んでいると考えられています。ここでいう環境要因とは、妊娠時の精子・卵子の状態やそれらが有する遺伝情報の経年変化(注5、妊娠中の母体の状態や生後初期の新生児の周囲の影響など、赤ちゃんの発達期に曝露しうる外的・内的要因のことを指します。では、ASDの発症に関わる環境要因にはどのようなものがあるのでしょうか?

 ASDと強い関連性が示唆されている環境要因として、両親の高齢2) 、短い妊娠間隔(第X子を出産した後、第X+1子を出産するまでの間隔)3)、早産や低体重4)、妊娠期の母体の感染・発熱5)、妊娠期のバルプロ酸服用6)(抗てんかん薬)やβ2刺激薬服用7)(喘息治療薬)、などが指摘されています。親の年齢が上がると精子・卵子の遺伝情報(DNA)に変異が蓄積しやすくなるため、これによってASD関連遺伝子群に変異が起こる可能性が上がることが原因ではないかと考えられています。短い妊娠間隔や早産・低体重のASDへの寄与については明確な原因が同定されていないものの、母体の栄養状態の低下やストレス、子の発達遅延(注6などが起因している可能性が示唆されています。妊娠期の感染・発熱については、感染により母体の免疫系が活性化され、感染源の不活化と排除がなされますが、その過程で母体血中の炎症性サイトカイン(注7が増加することが、胎児の脳発達に影響を与えている可能性が報告されています。薬物の影響も完全に解明されてはいませんが、バルプロ酸はヒストン脱アセチル化酵素(注8を阻害することが知られており、神経細胞やその周りを取り囲むグリア細胞などの正常な遺伝子発現(注9を撹乱することで、神経の正常な発達を阻害している可能性が報告されています。

 ASD発症と中程度の関連性が示唆されている環境要因も多く存在し、母体の肥満や糖尿病などの健康状態8)、母体の大気汚染への曝露9)、新生児期の感染10)などが指摘されています。こちらもいずれもその発症メカニズムは明らかにされていませんが、いずれにせよ胎生期、新生児期といった、神経発達に重要なタイミングでさまざまな環境要因に曝露することで、神経細胞やその周囲の細胞の典型的な発達とネットワーク構築に影響を与えているものと考えられます。

 これ以外にも妊娠期の抗うつ薬の服薬や農薬、重金属、有害化学物質の曝露などの影響を指摘する報告もありますが、必ずしもすべての研究結果が一致しておらず、今後の研究が待たれます。一方で、一般的に健康に様々な害を与えることが知られている喫煙は、少なくともASD発症には関連していないことが報告されています11)(ただし他に様々な健康影響が知られているため、妊娠時の喫煙は推奨されていません)。また幼少期のMMRワクチン(麻疹・風疹・おたふくかぜの3種混合ワクチン)接種や、百日咳ワクチンや破傷風ワクチンなどのワクチンに含まれる保存剤の一つである有機水銀化合物(チメロサール)曝露12)ASD発症との関連性は認められていません。

 以上のように、ASD発症には遺伝要因と環境要因の双方が関係していることはわかってきているのですが、それらがどのようなメカニズムで発症に関与しているのか、さらに、脳がどのような変化をすることでASDの特徴的な表現型が現れるのかについてはまだまだ明らかにされていないことが多いです。ですので、ASD症状に特異的に作用する薬は今も開発されていません。ただ、ASDは「治療の対象とするべきかどうか」なのかということについては世界中で活発な議論が行われています。近年ASDは病気ではなく、脳の発達の一つのバリエーション(神経多様性)であるという捉え方がなされるようになってきました。冒頭で紹介したように、ASDの有病率は約1%と非常に高く、社会は多くのASD当事者を包含して形成されています。ということは、社会自体がASDを理解し、当事者の方々にとっても生きやすい社会を構築していくことがなにより求められているのかもしれません。

キーワード: 自閉スペクトラム症ASD環境要因

【注釈】
(注1)ある一時点において、特定集団の中でその疾患に罹患している人の割合のこと。神経多様性の立場に立つ場合、ASDに対してはこの有病率という表現は変えるべきだと思われます。
(注2)一つの受精卵から発生した双子で、遺伝子情報がほぼ同一(完全に同一ではないが、二つの受精卵からそれぞれ独立した個体として発生した二卵性双生児に比べて極めて同一性が高い)であることが知られています。
(注3)親から子に受け継がれる遺伝情報を担う、DNA由来の要因のこと。ヒトDNAは約32億塩基(A、T、G、Cの4種類の塩基が約32億文字並んでいる)あり、その塩基が個体ごとに少し異なることでその個体の個性や疾患の罹患しやすさなどが規定される場合があり、そのことを総じて遺伝要因といいます。
(注4)DNA配列のうち、主にタンパク質をコードしている領域のこと。ヒトには約23000個の遺伝子があると言われています(DNA全長約32億塩基に対して、遺伝子領域はわずか1.5%ほどしか占めていません)。
(注5)遺伝情報の経年変化は厳密には遺伝要因ですが、父母の「青年期における遺伝情報」と「成人期から壮年期における遺伝情報」は異なる(老化プロセスや父母の生活環境による多様な因子への曝露により、精子や卵子の遺伝子は様々な変化を受ける)ことが知られています。ですので、本文脈においてはこれらを同一の遺伝要因とせず、環境要因と定義しています。
(注6)脳を含めた体の各領域は、卵子が受精後適切な時期に細胞分裂、分化、移動を進めることで形成されていきますが、この適切な細胞イベントが栄養不足やさまざまな外的要因により遅れてしまうこと。
(注7)細胞間の情報伝達物質のひとつで、主にマクロファージやリンパ球などの免疫細胞から産生され、炎症反応を促進する作用を持つ物質のこと。
(注8)DNAはヒストンというタンパク質に巻きついて(これをクロマチンと呼びます)核内に収められています。このヒストンは単純にDNAをコンパクトに収めるための糸巻きの役割を担うだけでなく、メチル化やアセチル化といった様々な修飾がなされることでクロマチンの立体構造を変化させ、その領域の遺伝子の働きを制御しています。ヒストン脱アセチル化酵素はヒストンタンパク質のアセチル基を離脱させる酵素の一つで、遺伝子の働きを制御しています。
(注9)注8で「遺伝子の働き」と説明しましたが、遺伝子が「働く」ためにはまずDNAがメッセンジャーRNA(mRNA)という物質に「転写」され、それがタンパク質に「翻訳」される必要があります。遺伝子のこの一連の転写―翻訳という現象のことを、遺伝子の発現、と表現します。遺伝子の発現が適切に制御されてタンパク質の数が増減することで、細胞分裂、分化、移動といった様々な細胞・組織イベントを適切に進行することが可能になります。

【参考資料・文献】

1) Wang, M., Zhang, X., Zhong, L., Zeng, L., Li, L., Yao, P. Understanding autism: Causes, diagnosis, and advancing therapies. Brain Res Bull 227, 111411, doi:10.1016/j.brainresbull.2025.111411 (2025).

2) Sandin, S., Schendel, D., Magnusson, P., Hultman, C., Suren, P., Susser, E., Gronborg, T., Gissler, M., Gunnes, N., Gross, R.; et al. Autism risk associated with parental age and with increasing difference in age between the parents. Mol Psychiatry 21, 693-700, doi:10.1038/mp.2015.70 (2016).

3) Coo, H., Ouellette-Kuntz, H., Lam, Y.M., Brownell, M., Flavin, M.P., Roos, L.L. The association between the interpregnancy interval and autism spectrum disorder in a Canadian cohort. Can J Public Health 106, e36-42, doi:10.17269/cjph.106.4667 (2015).

4) Lampi, K.M., Lehtonen, L., Tran, P.L., Suominen, A., Lehti, V., Banerjee, P.N., Gissler, M., Brown, A.S., Sourander, A. Risk of autism spectrum disorders in low birth weight and small for gestational age infants. J Pediatr 161, 830-836, doi:10.1016/j.jpeds.2012.04.058 (2012).

5) Lee, B.K., Magnusson, C., Gardner, R.M., Blomstrom, A., Newschaffer, C.J., Burstyn, I., Karlsson, H., Dalman, C. Maternal hospitalization with infection during pregnancy and risk of autism spectrum disorders. Brain Behav Immun 44, 100-105, doi:10.1016/j.bbi.2014.09.001 (2015).

6) Ornoy, A., Echefu, B., Becker, M. Valproic Acid in Pregnancy Revisited: Neurobehavioral, Biochemical and Molecular Changes Affecting the Embryo and Fetus in Humans and in Animals: A Narrative Review. Int J Mol Sci 25, doi:10.3390/ijms25010390 (2023).

7) Gidaya, N.B., Lee, B.K., Burstyn, I., Michael, Y., Newschaffer, C.J., Mortensen, E.L. In utero Exposure to beta-2-Adrenergic Receptor Agonist Drugs and Risk for Autism Spectrum Disorders. Pediatrics 137, e20151316, doi:10.1542/peds.2015-1316 (2016).

8) Krakowiak, P., Walker, C.K., Bremer, A.A., Baker, A.S., Ozonoff, S., Hansen, R.L., Hertz-Picciotto, I. Maternal metabolic conditions and risk for autism and other neurodevelopmental disorders. Pediatrics 129, e1121-1128, doi:10.1542/peds.2011-2583 (2012).

9) Dutheil, F., Comptour, A., Morlon, R., Mermillod, M., Pereira, B., Baker, J.S., Charkhabi, M., Clinchamps, M., Bourdel, N. Autism spectrum disorder and air pollution: A systematic review and meta-analysis. Environ Pollut 278, 116856, doi:10.1016/j.envpol.2021.116856 (2021).

10) Getahun, D., Fassett, M.J., Xiang, A.H., Chiu, V.Y., Takhar, H.S., Shaw, S.F., Peltier, M.R. The Effect of Neonatal Sepsis on Risk of Autism Diagnosis. Am J Perinatol 40, 858-866, doi:10.1055/s-0041-1731648 (2023).

11) Rosen, B.N., Lee, B.K., Lee, N.L., Yang, Y., Burstyn, I. Maternal Smoking and Autism Spectrum Disorder: A Meta-analysis. J Autism Dev Disord 45, 1689-1698, doi:10.1007/s10803-014-2327-z (2015).

12) Taylor, L.E., Swerdfeger, A.L., Eslick, G.D. Vaccines are not associated with autism: an evidence-based meta-analysis of case-control and cohort studies. Vaccine 32, 3623-3629, doi:10.1016/j.vaccine.2014.04.085 (2014).

(2025年9月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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