環境・衛生薬学トピックス

脳の掃除システム―老廃物を取り除くクリアランス経路とその仕組み

山陽小野田市立山口東京理科大学薬学部 小野田 淳人

「脳の内部には、いわゆるリンパ管(注1がない」。全身のリンパ管を解剖図でたどると、脳を取り囲む髄膜(注2までは走行しているものの、脳内部の組織である脳実質(注3には入り込んでいないことが分かります。リンパ管には大きく2つの役割があります。一つは、異物や病原体を排除する働きをもつ免疫細胞が移動する「通り道」になることです。もう一つは、細胞の活動で生じた「ごみ(=老廃物)」などを回収して外に運ぶこと(クリアランス)です。しかし、脳実質内には、この重要な役割を持つリンパ管が張り巡らされていないのです。

脳実質内では、血液脳関門(注4やミクログリア(注5を中心とした独自の防御機構が発達しています。末梢リンパ系から脳実質への免疫細胞の供給は、大きな損傷時を除き、ほとんど行われません。脳は閉鎖性の高い環境を保つことで外敵の侵入経路を極力塞ぎ、防御する戦略をとっていると言えます。リンパ管の役割のうち、「免疫細胞の輸送」は、こうした脳独自の仕組みで制御されています。

では、もう一つの役割である「老廃物の回収」はどうしているのでしょうか。脳は、とくに活発に活動する器官で、それゆえ多くの老廃物が生じます。これが適切に処理されないと、アルツハイマー病などの神経変性疾患(注6のリスクが高まると考えられています。脳実質にリンパ管がない以上、それに代わる老廃物排出システムが備わっていなければなりません。その役割を担う脳独自の機構として提唱されたのがグリンファティックシステム(Glymphatic system)7です1, 2)。これは、脳脊髄液(注8が脳実質内に流れ込み、脳細胞のすき間を通って老廃物を洗い流す仕組みと考えるとイメージしやすいでしょう。その流れを段階的に示すと、次のようになります。

① 脳表面(くも膜下腔)を満たす脳脊髄液が、動脈まわりの脳血管周囲空間(注9へと入り込みます。

脳脊髄液は、脳血管の外側を取り巻くアストロサイト(注10の末端足(細い突起)を介して、脳実質内へと流れ込みます。その末端足に多く存在するAquaporin 4(注11というタンパク質が水分子の通り道となり、脳脊髄液の流入に関わると考えられています。

③ 脳実質内に入り込んだ脳脊髄液は、神経細胞やグリア細胞の間を流れながら老廃物を巻き込んで回収し、静脈まわりの脳血管周囲空間へと排出されます。

以上から、脳実質内の老廃物グリンファティックシステムによって静脈周囲へ運ばれることが分かります。こうして静脈周囲に集められた老廃物は、最終的に髄膜の静脈洞(注12に沿って走る髄膜リンパ管(注13へと合流することが示唆されています3)髄膜リンパ管は、2015年に発見され、中枢神経系と全身のリンパ系を繋ぐ経路として機能し、脳脊髄液を頭蓋外へと導きます3)。つまり、グリンファティックシステムによって脳内から洗い流された老廃物は、髄膜リンパ管を経て、全身のリンパ循環に合流し、他の臓器の老廃物と同様に処理されると推察されます3, 4)髄膜リンパ管は脳老廃物の重要な出口の一つと言えるでしょう。

このような脳のクリアランス機構は睡眠中に活発になります。動物実験では、覚醒時に比べて睡眠時の方が脳脊髄液の流入が多く、老廃物の除去効率も約2倍に高まることが示されています2)。とくに深い睡眠状態であるノンレム睡眠(注14では、脳細胞間のスペースが広がり、神経変性疾患に関与する有害物質の排出が促進されると報告されています2, 5)。逆に、慢性的な睡眠不足や睡眠の質の低下は、こうした排出を妨げ、将来の神経変性疾患リスクを高める可能性が指摘されています。

さらに、グリンファティックシステム髄膜リンパ管の働きは、老化とともに弱まることが示唆されています。若齢マウスに比べ、高齢マウスでは、血管の拍動低下やAquaporin 4の局在異常、髄膜リンパ管の形態・機能変化などにより、脳脊髄液の流れが弱まり、老廃物排出が低下すると報告されています6, 7)。こうした変化が、老化に伴う認知機能の低下や神経変性疾患のリスク増加の一因と考えられています6, 7)

また、生活環境の影響も注目されています。とくに問題視されているのが、大気中の微小粒子状物質(PM2.5)などの大気汚染物質です。きわめて小さい粒子は、肺から血液を介して全身に運ばれるだけでなく、嗅神経(注15などを通って脳にも到達する可能性が指摘されています8)。米国、カナダ、英国、スウェーデン、台湾など様々な国や地域から得られた疫学研究を統合的に評価した報告では、大気汚染の強い地域ほど神経変性疾患の発症リスクが高い可能性が示唆され9)、その一因として、脳の老廃物クリアランス機構への悪影響が疑われています10)。ただし、こうした影響やその機序は、主に動物実験や理論モデルから示唆されている段階です。ヒトでの因果関係は十分に分かっておらず、今後の検証が求められます。

脳の老廃物クリアランス機構は、まだ歴史の浅い研究分野です。この分野が発展することで、将来的に、ヒトでの脳内老廃物クリアランス能の測定や神経変性疾患リスク予測技術、それを改善する治療法・生活習慣介入法の開発などに繋がると期待されます。これを機に、十分な睡眠を通じて、「脳に掃除の時間を与える」ことを意識してみてはいかがでしょうか。その小さな心がけが、将来の脳の健康を支える土台になるでしょう。

キーワード:脳脊髄液老廃物グリンファティックシステム髄膜リンパ管神経変性疾患

【注釈】

(注1)内部にリンパ液やリンパ球が流れている、血管とは別の管。

(注2)脳や脊髄を包む三層の膜の総称。外側から、硬膜、くも膜、軟膜の順。

(注3)神経細胞やグリア細胞が密に存在する脳内部の組織部分。

(注4)血液中の物質が容易に脳内へ移行しないよう制御する脳血管の障壁機構。

(注5)中枢神経系に常在し、異物除去や炎症応答などを担う脳内の中心的な免疫細胞。

(注6)神経細胞が徐々に機能を失い、脱落していくことで進行する疾患群の総称。多くのケースで認知症となる。

(注7)グリア細胞を表す glia とリンパ系を表す lymphatic を組み合わせた造語。脳脊髄液の流れにより脳内老廃物を排出する機構。グリンパティックシステムともよばれる。

(注8)脳と脊髄のまわりや内部の空間を満たし、外力から中枢神経を保護するとともに、栄養・老廃物などの物質輸送にも関わる透明な体液。

(注9)脳内血管の外側と周囲の脳実質組織とのあいだにある細いすき間で、脳脊髄液や溶質が進入・移動する通路となる空間。

(注10)星形の形態を示すグリア細胞の一種。細胞外イオン環境や神経伝達物質濃度の調節、血液脳関門の維持、シナプス機能の調節などを担うことで、神経細胞を支え、脳内の環境を整える役割を持つ。

(注11)細胞内外の水の通路となる膜タンパク質チャネルの一種。とくにアストロサイト末端足に高く発現し、脳内の水移動の調節に関わる。

(注12)硬膜内に形成された静脈血の流路で、脳からの静脈血を集める大きな血管様構造。

(注13)硬膜内を走行し、脳脊髄液や免疫細胞を頭蓋外のリンパ節へ運ぶリンパ管。

(注14)Non-Rapid Eye Movement Sleepの略称(NREM睡眠)。睡眠のうち、眼球が素早く動く「レム睡眠(Rapid Eye Movement Sleep: REM睡眠)」以外の状態。浅い段階から深い段階まであり、深いノンレム睡眠(徐波睡眠)では脳波がゆっくりになって、体と脳が休みやすいとされる。

(注15)鼻の奥(嗅上皮)で受け取った「におい」の情報を、脳の入り口にある嗅球へ伝える神経。鼻と脳をつなぐ経路の一つで、薬を鼻から投与して脳へ届ける方法(鼻腔投与)での応用が検討されている。また、一部のウイルスでは嗅神経に沿った脳への移行の可能性が議論されている。

【参考資料・文献】

1) Iliff JJ, Wang M, Liao Y, Plogg BA, Peng W, Gundersen GA, Benveniste H, Vates GE, Deane R, Goldman SA, Nagelhus EA, Nedergaard M. A paravascular pathway facilitates CSF flow through the brain parenchyma and the clearance of interstitial solutes, including amyloid β. Sci Transl Med, 4(147):147ra111. DOI: 10.1126/scitranslmed.3003748 (2012).

2) Xie L, Kang H, Xu Q, Chen MJ, Liao Y, Thiyagarajan M, O'Donnell J, Christensen DJ, Nicholson C, Iliff JJ, Takano T, Deane R, Nedergaard M. Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science, 342(6156):373-377. DOI: 10.1126/science.1241224 (2013).

3) Louveau A, Smirnov I, Keyes TJ, Eccles JD, Rouhani SJ, Peske JD, Derecki NC, Castle D, Mandell JW, Lee KS, Harris TH, Kipnis J. Structural and functional features of central nervous system lymphatic vessels. Nature, 523(7560):337-341. DOI: 10.1038/nature14432 (2015).

4) Kim K, Abramishvili D, Du S, Papadopoulos Z, Cao J, Herz J, Smirnov I, Thomas JL, Colonna M, Kipnis J. Meningeal lymphatics-microglia axis regulates synaptic physiology. Cell, 188(10):2705-2719.e23. DOI: 10.1016/j.cell.2025.02.022 (2025).

5) Chen S, Wang H, Zhang L, Xi Y, Lu Y, Yu K, Zhu Y, Regina I, Bi Y, Tong F. Glymphatic system: a self-purification circulation in brain. Front Cell Neurosci, 19:1528995. DOI: 10.3389/fncel.2025.1528995 (2025).

6) Kress BT, Iliff JJ, Xia M, Wang M, Wei HS, Zeppenfeld D, Xie L, Kang H, Xu Q, Liew JA, Plog BA, Ding F, Deane R, Nedergaard M. Impairment of paravascular clearance pathways in the aging brain. Ann Neurol, 76(6):845-861. DOI: 10.1002/ana.24271 (2014).

7) Da Mesquita S, Louveau A, Vaccari A, Smirnov I, Cornelison RC, Kingsmore KM, Contarino C, Onengut-Gumuscu S, Farber E, Raper D, Viar KE, Powell RD, Baker W, Dabhi N, Bai R, Cao R, Hu S, Rich SS, Munson JM, Lopes MB, Overall CC, Acton ST, Kipnis J. Functional aspects of meningeal lymphatics in ageing and Alzheimer's disease. Nature, 560(7717):185-191. DOI: 10.1038/s41586-018-0368-8 (2018).

8) Li W, Lin G, Xiao Z, Zhang Y, Li B, Zhou Y, Ma Y, Chai E. A review of respirable fine particulate matter (PM2.5)-induced brain damage. Front Mol Neurosci, 15:967174. DOI: 10.3389/fnmol.2022.967174 (2022).

9) Peters R, Ee N, Peters J, Booth A, Mudway I, Anstey KJ. Air Pollution and Dementia: A Systematic Review. J Alzheimers Dis, 70(s1):S145-S163. DOI: 10.3233/JAD-180631 (2019).

10) Hussain R, Graham U, Elder A, Nedergaard M. Air pollution, glymphatic impairment, and Alzheimer's disease. Trends Neurosci, 46(11):901-911. DOI: 10.1016/j.tins.2023.08.010 (2023).

(2025年12月25日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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