環境・衛生薬学トピックス

ゴムノキの逆襲:ラテックスアレルギー

東北大学大学院医学系研究科 田口 恵子
 医療従事者をはじめ、我々実験研究者は感染予防や劇毒物から身を守るためにゴム手袋を使用します。そもそもゴム手袋はジョンズ・ホプキンス大学のハルステッド教授が、消毒薬により皮膚炎になった優秀な手術場看護師であるハンプトン嬢のために、1889年頃にグッドイヤー社に依頼して開発したと言われています。ところで、私達の研究室では最近、天然ゴム由来のラテックス製に加えて、合成ゴム由来のニトリル製のゴム手袋を購入するようになりました。前者と後者は色が異なるため、誰がどちらを好んで使用するかは一目瞭然です。後者に乗り換えた人に聞いてみると、ラテックス製を使用していると手が痒くなると言います。ラッテクスフリーのニトリル製を使用する理由はラテックスアレルギーを危惧したからでした。ゴム製品は医療・研究現場に限らず、絆創膏などの医療品、炊事用手袋、ゴム風船、輪ゴム、ゴムホースなど日常的に汎用される身近な製品です。そこで今回は、手指を保護するためのゴム手袋がアレルギーを惹起することについて考えてみたいと思います。
 天然ゴム (rubber latex) 製品に接触することによって発症する蕁麻疹、アナフィラキシーショック、喘息発作など即時型(I型)アレルギー反応のことを“ラテックスアレルギー”と言います。症状は、局所的皮膚の発疹、くしゃみ、呼吸困難、最悪は死に至る場合もあります。ラテックスアレルギーの罹患者の多くは職業的にゴム手袋を常用する医療従事者に特に多く見られ、それ以外の例としては先天性疾患である二分脊椎症患者が挙げられます。この患者は幼少期より複数回にわたる外科的手術を受けるため手袋やカテーテルなどのラテックス製品に接触する機会が多いためと考えられています。原因となる天然ゴム製品は、手袋だけでなく上述したような日常生活で接する機会の多い製品も含まれますが、一般人における発症は1%にも満たないと報告されています。しかし、この結果は欧米での調査結果であって国内の報告は乏しく、医療現場においてさえラテックスアレルギーへの認識が薄いのが現状です。一次予防の観点から、ラテックス製品を過度に恐れるのではなく、まずはラテックスアレルギーについて正しい知識をもつことが最も重要であると考えます。実のところ、ラテックス製手袋を嫌う人の多くはアレルギー反応ではなく、むしろ一次刺激性接触皮膚炎(かぶれ)です。これは天然ゴム製品の製造過程で添加される化学薬品が原因で、ラテックスアレルギーとは異なります。それではラテックスアレルギーの原因は何でしょうか?
 熱帯地域で栽培されるパラゴムノキ(Hevea brasiliensis:観葉植物として普及しているインドゴムノキとは異なる)の樹皮に傷をつけると滲出する乳白色の樹液が天然ゴムの原料です。この樹液には、天然ゴムの主成分cis-ポリイソプレン以外に、その生合成や微生物に対する防御などに関与するタンパク質も含まれています。樹液を回収するために樹皮を傷つけられたことがゴムの木にとってストレスとなり、それが多くの生体防御タンパク質を産生する要因となっています。これらのタンパク質はゴム製品の製造過程で除去されることなく、製品中に含有されることになります。このタンパク質こそがラテックスアレルギーを引き起こす原因となるアレルゲンなのです。ゴム手袋の使用によって天然ゴムに含まれるタンパク質が経皮的・経気的に体内に吸収されると、私達の身体はそれを異物と認識して、それに対抗するIgE抗体を産生します。IgE抗体が産生されても少量であれば症状は出ませんが、IgE抗体が過剰に反応してタンパク質を排除しようとすると上述したようなアレルギー症状が現れます。ヒトIgE抗体を産生するアレルゲンとなる可能性があるパラゴムノキ由来のタンパク質として13種が知られています。実は、これらのタンパク質と構造的に類似したタンパク質がバナナ、キウイ、アボカド、栗、パパイヤ、じゃがいも、トマトなど多くの野菜や果物に含まれています。そのため、ラテックスアレルギー患者はゴム製品だけではなく、これらの食品に対してもアレルギー反応を示してしまうことがあります。このような交差反応性をラテックス-フルーツ症候群と言います。
 樹皮を傷つけられるというストレスに対抗するため、植物体が自身を守るために産生した生体防御タンパク質をヒトは異物として認識し、アレルギー反応を引き起こすのです。このアレルギー反応は、遠隔の熱帯の地に生育しているパラゴムノキが、樹液を搾取された腹いせにヒトに逆襲しているのかもしれません。

【参考資料・文献】
1) 日本ラテックスアレルギー研究会
2) 近代医学のあけぼの —外科医の世紀 Jürgen Thorwald著/小川道雄訳 へるす出版 (2007)
3) Sussman GL et al., Allergens and natural rubber proteins, J. Allergy Clin. Immunol., 110(2 Suppl): S33-39 (2002)
4) Wagner S & Breiteneder H. The latex-fruit syndrome. Biochem Soc Trans., 30(Pt 6):935-940 (2002

日本薬学会 環境・衛生部会

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