環境・衛生薬学トピックス

臭素系難燃剤について

金沢大学医薬保健研究域薬学系 鳥羽 陽
 臭素系難燃剤は、家電製品、自動車、建材等の構成材料であるプラスチック、ゴム、木材、繊維等を燃えにくく(難燃化)することを目的として用いられる物質で、火災による人命保護や経済的損失の防止に役立っています。臭素系難燃剤はプラスチック等に添加することにより酸素遮断効果といった燃焼反応サイクルの進行を妨げることによって難燃効果を発揮します。臭素系難燃剤は他の難燃剤よりも難燃効果や経済性が高いために世界で多量に使用されており、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)はそのひとつです。PBDEsには臭素数やそれらの位置の異なる209種類の異性体が存在しますが、工業的に使用されてきたPBDEsはデカBDE(10臭素化物)、オクタBDE(8臭素化物)、ペンタBDE(5臭素化物)の3種類です。PBDEs(特にペンタBDE)は化学的に極めて安定で分解されにくく、また疎水性が高いためにその生物濃縮性が問題となっており、構造や性質の類似性から「新たなポリ塩化ビフェニル(PCBs)」と呼ばれることもあります(PCBsについては以下のホームページhttp://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&ecoword=PCB 等を参照)。環境中に放出されたPBDEsは大気(室内空気)やハウスダスト、食品中にも存在し、ヒトを取り巻く環境中に広く分布していることが分かってきています。それらの急性毒性や変異原性は極めて低いことが知られていますが、動物実験で甲状腺ホルモンの撹乱作用が報告されており、乳幼児期の、あるいは慢性的な高濃度暴露が健康影響をもたらす可能性があります。PBDEsがヒト母乳中に存在することをスウェーデンの研究者が見出した1)ことに端を発し、それらの健康影響や環境動態に近年注目が集まるようになりました。スウェーデンの調査では母乳中のPBDEsのレベルが1972年から1997年の間に60倍に増加1)(以降減少傾向)し、その後北米の調査ではスウェーデンで観察された母乳中濃度の10~100倍にも達していることが判明しました。日本人の母乳PBDEsの濃度はスウェーデンの調査と同レベル(約~4 ng/g 脂肪重量)3)であり、直ちに乳児への健康影響が懸念される濃度レベルではないことが報告されています。人体への主要な暴露経路として、PBDEsに汚染された食品や呼吸による大気(ハウスダスト)からの摂取が挙げられます。日本では特に蓄積性の高いペンタBDEは関連業界の自主規制により1991年以降使用されておらず、世界的にもPBDEsの使用制限が始まっていることから、環境への負荷量は減少傾向にあるものと考えられます。しかしながら、それらの環境動態に関する知見が十分とは言えず、また高臭素化物から蓄積性の高い低臭素化物が二次的に生成する可能性も指摘されており、今後の環境モニタリングや人体暴露評価等の継続した調査が望まれます。

キーワード:臭素系難燃剤、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)、母乳

【参考資料・文献】
1) Meironyté D. et al., Analysis of polybrominated diphenyl ethers in Swedish human milk. A time-related trend study, 1972-1997 J. Toxicol. Environ. Health 58: 329-341; 1999.
2) Schecter A. et al., Polybrominated Diphenyl Ethers (PBDEs) in U.S. Mothers’ Milk. Environ. Health Perspect. 111: 1723-1729; 2003.
3) Akutsu K. et al., Time-trend (1973-2000) of polybrominated diphenyl ethers in Japanese mother's milk. Chemosphere 53: 645-654; 2003.

日本薬学会 環境・衛生部会

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