環境・衛生薬学トピックス

有機フッ素化合物について

国立医薬品食品衛生研究所生活衛生化学部 久保田領志
 有機フッ素化合物(PFCs)は、撥水・撥油性、熱・化学的安定性等の物性を示すことから、撥水撥油剤、界面活性剤、半導体用反射防止剤、金属メッキ処理剤、水成膜泡消火剤、殺虫剤、および調理用器具のコーティング剤等の幅広い用途で使用されてきました。PFCsには炭素鎖の長さが異なる複数の同族体が存在し、その物性は炭素鎖の長さで大きく異なります。とくに炭素数が8のパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)パーフルオロオクタン酸(PFOA)は環境中で分解されにくく、残留性や生物蓄積性を示すことから、世界的に河川水等の水環境中に存在し、さらには、人間活動から遠く離れた極域に生息するホッキョクグマをはじめとする多くの野生動物やヒトの血液や母乳からも検出されています。PFCs曝露による毒性影響は、実験動物を用いた投与実験で発ガン性1)、発達障害2)等が報告されています。これらのことから、PFOSは、残留性有機汚染物質(POPs)の減少を目的に、それらの製造・使用・輸出入を制限する残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)の附属書B(製造、使用、輸出入を制限すべき物質)へ掲載され、日本では、化学物質の審査および製造等の規制に関する法律(化審法)の第一種特定化学物質、特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(PRTR法)の第一種指定化学物質に指定されています。一方、PFOAについては、米国環境保護庁においてはPFOA自主削減プログラム(PFOA 2010/2015スチュワードシッププログラム)によって主要フッ素化学メーカー8社による自主的な削減を求められ、日本では化審法の第二種監視化学物質に指定されています。
 海外における飲料水基準(暫定値を含む)については、米国の暫定健康勧告がPFOSで200 ng/L3)や、英国の飲料水中最大許容濃度はPFOSが300 ng/L、PFOAが10000 ng/Lとされています4)。一方、日本国内については、平成21年4月1日より日本の水道水質基準の「要検討項目」に新たに加えられました。この「要検討項目」には、毒性の評価が定まらないことや浄水中での存在量が不明等の物質がリストアップされており、検査義務のある「水質基準」や、水質管理上留意すべき項目である「水質管理目標設定項目」に次ぐカテゴリ-で、PFOS及びPFOAの基準(目標値)は設定されていません。
 米国における浄水PFCsの存在実態についてはQuinones and Snyder5)によって報告されており、PFOSが1.4~57 ng/L、PFOAが11~30 ng/Lの濃度範囲で検出され、水道原水とほぼ同程度であったことから、浄水過程での除去性は低いことや、下水処理場放流水による寄与が大きい浄水場では水道原水浄水中濃度が高いことが示唆されています。一方、日本国内では、Haradaら6)によって国内4都市9浄水場の浄水からPFOSが0.1~50.9 ng/Lで検出されていること、また、三矢ら7)は東京都の59浄水場の浄水からPFOSが最高値で37 ng/L、PFOAが最高値で25 ng/Lで検出され、両者の濃度はほぼ同程度であったことを報告しています。また、服部ら8)は大阪の淀川水系の浄水場試料水におけるPFOSPFOAの経年変動(2006~2007年)を評価しており、PFOA水道原水中平均濃度は2007年の83 ng/Lから2009年の22 ng/Lへ大幅に減少していることや、PFOSでは、変動の幅は小さかったものの3~5 ng/Lと低濃度で推移したことを報告しています。さらに、浄水では2008年、2009年のPFOAPFOSの平均濃度はそれぞれ約30 ng/L、4 ng/Lであり、概ね低濃度であったことも報告しています。このことから、大阪ではPFCsの濃度はPFOA>PFOSであることがわかります。これを上述の東京の結果と比較すると、両者にPFOSPFOAの濃度組成に差異がある可能性が考えられました。また、これらの濃度は海外の飲料水基準(暫定値を含む)と比べ十分低いレベルであると言えます。
 この様に、水道原水浄水PFCsの濃度の低減傾向が認められたことから、PFCsに関する排出・使用規制の効果が、浄水中の検出濃度の低減化に寄与しているようですが、それと同時にPFOSPFOAの濃度組成の差は異なる排出源の存在を示唆しています。PFCsの存在実態ついては引用文献5~8)の様にPFOSPFOAについてはあるもののまだ十分に調査されているとは言えず、またPFOS、PFOA以外のPFCs(炭素鎖の長さが異なるもの等)については情報が極めて限定的です。今後、PFCsの排出源の特定や環境中での分布、毒性、挙動について継続して評価することが、ヒト健康への影響や環境における負荷の解明に不可欠であると思われます。

キーワード:有機フッ素化合物、PFCs、PFOS、PFOA、水道原水、浄水

【参考資料】
1) Kennedy, G.L., Jr., Butenhoff, J.L., Olsen, G.W., O'Connor, J.C., Seacat, A.M., Perkins, R.G., Biegel, L.B., Murphy, S.R., and Farrar, D.G., The toxicology of perfluorooctanoate. Crit. Rev. Toxicol., 34, 351-384(2004)
2) Lau, C., Butenhoff, J. L. and Rogers, J. M., The developmental toxicity of perfluoroalkyl acids and their derivatives. Toxicol. Appl. Pharmacol., 198, 231-241(2004)
3) US.EPA: Provisional Health Advisories for Perfluorooctanoic Acid (PFOA) and Perfluorooctane Sulfonate (PFOS), January 8, 2009
4) Health Protection Agency, UK: Maximum acceptable concentrations of perfluorooctane sulfonate (PFOS) and perfluorooctanoic acid (PFOA) in drinking water (http://194.74.226.162/web/HPAwebfile/HPAweb_C/1194947397222)
5) Quinones, O. and Snyder, S.A., Occurrence of Perfluoroalkyl Carboxylates and Sulfonates in Drinking Water Utilities and Related Waters from the United States, Environ. Sci. Technol., Vol. 43 (24) : 9089-9095 (2009)
6) Harada, K., Saito, N., Sasaki, K., Inoue, K., and Koizumi, A., Perfluorooctane Sulfonate Contamination of Drinking Water in the Tama River, Japan: Estimated Effects on Resident Serum Levels, Bull. Environ. Contam. Toxicol. 71:31–36(2003)
7) 三矢律子, 染谷暁子, 細田憲男, 松崎智洋, 大原憲司, PFOSおよびPFOAの実態調査と浄水処理における除去性, 第58回全国水道研究発表会, 講演要旨集, 554-555.
8) 服部晋也, 森口泰男, 宮田雅典, 淀川水系および高度浄水処理過程におけるPFOAおよびPFOSの実態調査, 用水と排水, 53(3), 213-221(2011)

日本薬学会 環境・衛生部会

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