環境・衛生薬学トピックス

大気中の微小粒子(PM2.5)とナノ粒子の健康リスク

東京理科大学薬学部 梅澤 雅和
 大気汚染物質のうち浮遊粒子状物質が、種々の呼吸器疾患や循環器疾患のリスク要因となることが、疫学研究により示されてきた。とくに、浮遊粒子状物質の中でも粒径2.5 µm以下の微小粒子(PM2.5)が健康に大きなリスクを及ぼすことは、1990年台から指摘され始めた1)。複数の疫学研究からの知見は、米国の環境保護庁(EPA)によるメタレビュー2)上にまとめられている。このレビューは、PM2.5と呼吸器疾患や循環器疾患発症との間に因果性を認めた一方で、PM2.5の変異原性や遺伝毒性、生殖発生毒性は明瞭でないことも示している。
 PM2.5は気道における炎症性サイトカインの発現や白血球浸潤を引き起こし、呼吸器疾患を増悪化させる。また、PM2.5の吸入により呼吸器で生じる炎症応答が、血液中に何らかのシグナルを伝え、循環器疾患の発生に寄与するのではないかと考えられている3)。近年、PM2.5の中でもさらに超微小な浮遊粒子(ナノ粒子/UFP: ultrafine particle)が健康影響に大きく寄与する可能性が懸念され、そこに焦点を当てた研究も進められている。一般的に粒子径100 nm以下のものはナノ粒子と定義され、ナノ粒子はそれよりも大きい粒子と比べて吸入した際に気道の奥(肺胞領域)まで到達する割合が高く、肺から他の臓器への全身性の移行量も多い4)。また、粒子を気道に投与した際に脳組織に誘導される炎症反応の程度は、粒子のサイズと逆相関することが示されている5)。さらに、ナノ粒子の妊娠期曝露が次世代個体に及ぼす影響についても、複数の研究結果が報告され始めている。例えば、二酸化チタンナノ粒子を妊娠マウスに投与(皮下投与)すると、この粒子は胎児に移行し、二次粒子径(凝集体の直径)200 nm以下のものが出生後4ヶ月後の子マウス(次世代)の組織においても検出されることが、エネルギー分散型蛍光X線スペクトル解析(EDX)を用いた元素同定により明らかになった6)。胎児に移行したナノ粒子がどのようにして影響を与えるのか、その発現機序については未だ不明であるが、ナノ粒子による直接的な作用だけでなく、母体に生じた酸化ストレスや炎症の誘導なども、二次的に胎児ならびに出生児に影響を及ぼす可能性も指摘されている7)。このような胎児期における直接的あるいは間接的な影響は、出生・成長後の中枢神経系機能や生殖機能に及ぶ可能性が示されており、注意が必要である。
 大気中のPM2.5濃度は2012年現在、全国の測定局の平均値として非都市部で15 µg/m3、都市部で20 µg/m3をそれぞれやや下回る程度である。PM2.5の年平均値の基準値は15 µg/m3であり、多くの都市部でこれを上回っているのが現状である。また、粒子は小さいほど個数濃度が高くなるという特徴があり、一般的な大気中の微小粒子濃度を測定すると、1 cm3あたり少なくとも数千個以上存在することも報告されている8)PM2.5は硝酸イオンや硫酸イオン、元素状炭素、多環芳香族炭化水素、重金属などの様々な成分を含み、発生源も自動車排出ガス、燃焼、鉄鋼業などと様々である。そのために、PM2.5の発生源からの放出を抑えることは容易でない。しかし、都市部でのPM2.5濃度は最近10年間漸減傾向にあることから、規制の効果が少しずつ表れていると言うこともでき、今後もそれを減らすための工夫は必要となるであろう。一方、大気中のナノ粒子濃度については、1990年以前のデータは存在しないため、増減の経緯は不明である。さらに大気中のナノ粒子濃度はPM2.5と異なり監視や記録がされていないため、ナノ粒子の健康影響について疫学的な知見を得ることも極めて困難である。しかし、ナノ粒子濃度は大型自動車の多い幹線道路上で高いことから8)大気中の人為起源のナノ粒子濃度は産業革命以降に増えたであろうと推測される。
 技術の発展や人々の生活スタイルが時代とともに変化すると、人が生活の中で触れる(曝される)環境も変化する。この事実は、時代とともに変わる生活環境の中で将来にわたって人の健康を守るためには何をすべきか、という重要な問いを我々に投げかけている。ナノ粒子の曝露が将来的にヒト、さらには次世代の健康にどのように影響するのか、またリスク回避の行動が本当に必要なのか不明な点も多い。しかし、このような不確実性の大きなリスク要因を、人々はいかに効果的に回避することができるか、効果的なリスク回避のためには、どのようなコミュニケーションを通した情報共有が有効なのか、こういった課題に取り組むことの必要性を、ナノ粒子による健康リスクの問題は、衛生薬学・環境毒性学の分野に改めて問い直している。

キーワード: PM2.5、ナノ粒子、次世代、大気

参考文献

1)  Dockery DW et al.: An association between air pollution and mortality in six U.S. cities. N Engl J Med 329, 1753-1759 (1993)

2)  Environmental Protection Agency: Integrated Science Assessment for Particulate Matter (2009)
http://cfpub.epa.gov/ncea/cfm/recordisplay.cfm?deid=216546

3)  Eldely A et al.: Cross-Talk between lung and systemic circulation during carbon nanotube respiratory exposure. Potential biomarkers. Nano Lett 9, 36-43 (2009)

4)  Oberdörster G et al.: Nanotoxicology: an emerging discipline evolving from studies of ultrafine particles. Environ Health Perspect 113, 823-839 (2005)

5)  Tin-Tin-Win-Shwe et al.: Brain cytokine and chemokine mRNA expression in mice induced by intranasal instillation with ultrafine carbon black. Toxicol Lett 163, 153-160 (2005)

6)  Takeda K et al.: Nanoparticles transferred from pregnant mice to their offspring can damage the genital and cranial nerve systems. J Health Sci 55, 95-102 (2009)

7)  Jackson P et al.: Pulmonary exposure to carbon black by inhalation or instillation in pregnant mice: Effects on liver DNA strand breaks in dams and offspring. Nanotoxicology 6, 486-500 (2012)

8)  梅澤雅和:大気中の微小な粒子と子どもの健康、子どものからだと心白書2012(子どものからだと心・連絡会議)、pp.38-40 (2012)

日本薬学会 環境・衛生部会

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