環境・衛生薬学トピックス

妊娠可能年齢の女性に葉酸摂取が推奨される理由

東北大学大学院薬学研究科 岩井美幸
 葉酸は、水溶性ビタミン(ビタミンB群)の一種で、ほうれん草の抽出物から発見されました。ラテン語の「葉」を意味する「folium」と「酸」を意味する「acid」からfolic acidと命名されています。1980年代初頭の報告を皮切りに、妊娠前からの葉酸摂取により、出生児の神経管閉鎖障害リスクを低減させることが報告されており1, 2)、本稿で紹介したいと思います。
 葉酸(プロテイルグルタミン酸)は、赤血球の形成過程に必須な補酵素(酵素の働きを助ける物質)であり、DNA合成、細胞分裂、さらにホモシステインからメチオニンという必須アミノ酸に変換される過程に必要とされることが知られています。葉酸は、緑黄色野菜やレバーなどに多く含まれています。平成25年の国民健康・栄養調査では、男性で平均289 µg/日、女性で平均271 µg/日摂取しており、男女とも推奨量を満たしています3, 4)。しかしながら、食品由来の葉酸の大部分はポリグルタミン酸型(3~7個のグルタミン酸が結合した形)として存在し、モノグルタミン酸型(1個のグルタミン酸が結合した形)として小腸で吸収されるまで、様々な代謝過程の影響や加熱等による調理過程での損失があり、その生体利用率は約50%と推定されています。これに対して、サプリメントの葉酸はモノグルタミン酸型(プロテイルモノグルタミン酸)であり、食品由来葉酸より安定性や生体利用率が高いことが知られています。葉酸神経管閉鎖障害のリスク低減との関連を示した諸外国の大規模な疫学研究の結果は、サプリメントの葉酸によるものがほとんどになっています。
 葉酸欠乏は、腸管障害、一部の薬剤の服用時、また妊娠、悪性腫瘍(がん)などの葉酸の需要増大時に生ずるとされています3)。食品由来の葉酸が可食部100 gあたり300 µgを超える食品は、レバーを除き存在せず、通常の食品を摂取している人で、過剰摂取による健康障害が発現したという報告は見当たりません。その一方で、サプリメントの葉酸の過剰摂取によって、ビタミンB12欠乏症の診断を困難にすることが問題視されています3)
 葉酸摂取により発症リスクの低減が期待出来る神経管閉鎖障害とは、主に先天性の脳や脊椎の癒合不全のことをいいます。脊椎の癒合不全を二分脊椎といい、脳に腫瘤のある脳瘤や脳の発育が出来ない無脳症などがあります5)。我が国において、二分脊椎がわずかに増加傾向にあります(発症率は出生1万人に対して1980~84年は2.35人、1990~94年は3.55人、2000~04年は5.32人、2005~09年は5.22人)6)。先天異常の多くは妊娠直後から妊娠10週以前に発生しており、特に中枢神経系は7週未満に発生することが知られています。食品由来の葉酸の予防効果は不明ですが、受胎前後にサプリメントの葉酸摂取が、神経管閉鎖障害のリスク低減に有効であることは数多くの研究から明らかになっています1, 2, 5)葉酸代謝に関連する酵素の遺伝子多型7)神経管閉鎖障害の発生リスクと関連するという報告もなされています8)神経管閉鎖障害の発症は遺伝要因などを含めた多因子による複合的なものであり、その発症は葉酸摂取のみにより予防できるものではありません。
 これまでの疫学研究の成果をうけて、1990年代より欧米を中心に葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスク低減対策が実施され、多くの主要国の葉酸摂取勧告では1日0.4〜5 mgとなっています。葉酸摂取の増加に伴い、より大きな低減はみられないことから、厚労省は2000年に、「妊娠を計画している女性等に対しては、妊娠の1ヶ月以上前から妊娠3ヶ月までの間、食品からの摂取に加えて、いわゆる栄養補助食品から1日0.4 mgの葉酸を摂取すれば、神経管閉鎖障害の発症リスクを集団で低減が期待出来る」旨、保健医療関係者が、妊娠可能な年齢の女性、妊娠を計画している女性及び妊産婦等に情報提供するよう見解を発表しました。ただし、栄養補助食品はその簡便性などから、過剰摂取に繋がりやすいことから葉酸摂取量は1日あたり1 mgを越えるべきではないと、あわせて情報提供をしています5)。しかしながら、厚労省の情報提供から10年以上経ちますが、神経管閉鎖障害の発症率に減少傾向はみられていません。国内の妊婦を対象とした葉酸摂取状況を調査した報告(1236名)によると、多くの妊婦が葉酸は摂取していたものの、その開始時期が遅いことや適切な葉酸の摂取量に関しての認知不足などが問題点として指摘されています9)。また我が国の薬剤師を対象とした調査(166名)において、葉酸神経管閉鎖障害リスクを低下させることを認識していた方の割合は60%で、妊婦の摂取推奨量を正しく認識していたのは28%と報告されており10)、薬剤師の認知度も充分でないように思われます。妊娠を計画している女性に、出生児の神経管閉鎖障害を減少させるための適切な葉酸摂取について、その知識の普及が重要といえます。

 キーワード: 葉酸、神経管閉鎖障害、妊娠の1ヶ月以上前から妊娠3ヶ月

【参考資料・文献】

1)Laurence KM, James N, Miller MH, Tennant GB, Campbell H. Double-blind randomized controlled trial of folate treatment before conceptions to prevent recurrence of neural-tube defects. Br Med J, 282, 1509-1511 (1981)

2)De Wals P, Tairou F, Van Allen MI, Uh SH, Lowry RB, Sibbald B, Evans JA, Van den Hof MC, Zimmer P, Crowley M, Fernandez B, Lee NS, Niyonsenga T. Reduction in neural-tube defects after folic acid fortification in Canada. N Engl J Med, 357, 135-142 (2007)

3)厚生労働省 「日本人の食事摂取基準」(2015年版)
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000067134.pdf

4)厚生労働省 「国民健康・栄養調査」(平成25年)
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000106403.pdf

5)厚生労働省 「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の女性等に対する葉酸の摂取に係る適切な情報提供の推進について」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/02/dl/h0201-3a3-03c.pdf

6)Centre of the International Clearinghouse for Birth Defect Surveillance and Research. Annual Report 2011 with Data for 2009.
http://www.icbdsr.org/filebank/documents/ar2005/Report2011.pdf

7)日本薬学会 薬学用語解説 「遺伝子多型」
http://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E5%A4%9A%E5%9E%8B

8)Martínez de Villarreal LE1, Delgado-Enciso I, Valdéz-Leal R, Ortíz-López R, Rojas-Martínez A, Limón-Benavides C, Sánchez-Peña MA, Ancer-Rodríguez J, Barrera-Saldaña HA, Villarreal-Pérez JZ. Folate levels and N(5),N(10)-methylenetetrahydrofolate reductase genotype (MTHFR) in mothers of offspring with neural tube defects: a case-control study. Arch Med Res, 32, 277-282 (2001)

9)佐藤陽子, 中西朋子, 千葉剛, 梅垣敬三. 妊婦における神経管閉鎖障害リスク低減のためのfolic acid摂取行動に関する全国インターネット調査. 日本公衆誌, 61, 321-332 (2014)

10)小原拓, 村井ユリ子, 猪狩有紀恵, 原梓, 岸川幸生, 早坂正考, 鎌田裕, 眞野成康, 高橋將喜, 生出泉太郎, 北村哲治. 葉酸の神経管閉鎖障害リスク低下効果に関する薬剤師の認識. 医薬品情報学, 13, 167-172 (2011)

(2015年6月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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