環境・衛生薬学トピックス

抗酸化物質はがんに効くの?

京都薬科大学 薬品物理化学分野  濱 進
 DNAの損傷には、スーパーオキシドアニオンラジカル、ヒドロキシラジカル、過酸化水素、一重項酸素があり、これらは酸素が還元されることで生成し、高い反応性を示します。ヒトの体内では非常に多くのDNAの損傷が発生しており、体内に取り込まれた酸素のうち、約3%がDNAの損傷に変換されると試算されております1)DNAの損傷には生体内の病原菌を退治する良い面がある一方で、DNAを損傷することで発がんに関与する悪い面もあることが知られています2,3)。通常、生体内において過剰に産生されたDNAの損傷は、抗酸化酵素(スーパーオキシドディスムターゼやカタラーゼなど)や抗酸化物質(リコピン、ビタミンE、ビタミンCなど)によって消去されることで、生成と消去のバランスが保たれています1)。しかし、過剰なカロリー摂取、運動不足、ストレス、喫煙などによって、抗酸化物質の不足や抗酸化酵素の働きが低下することで、消去能を上回る量のDNAの損傷が産生された場合、タンパク質、脂質、核酸などの生体分子が酸化されることが、動脈硬化、がん、老化などの原因となることが知られております1)。そのため、過剰なDNAの損傷を消去することは、これらの疾患の予防に繋がると考えられています。
 これまでに、抗酸化物質によるがんの予防効果を期待して、様々な抗酸化物質がんリスクとの関係について検討されてきました4)。Keyらのグループは、抗酸化物質のリコピンやビタミンE摂取と前立腺がんのリスクに関する15研究のデータを再解析し、リコピンまたはビタミンE(α-トコフェロール)の摂取によって、進行性前立腺がんのリスクが低下することを報告しています。特に、ビタミンEの摂取によるがんリスクの低下は、非喫煙者に比べて、喫煙男性において顕著であることも報告しています4)。このビタミンEの喫煙男性に対する効果には、男性ホルモンのテストステロンの分泌調節などが関与することが推察されてはいますが5)、正確なメカニズムはよくわかっていません。一方で、中高年の男性が高用量のビタミンEを摂取してもがんリスクは低下しないだけでなく4)、ビタミンE摂取によって、前立腺がんの発症が17%増加することも報告されています6)。このように、相反する効果が報告されていることから、現在のところ、ビタミンEの前立腺がんに対する予防効果を裏づける十分な証拠はありません。
 最近、抗酸化物質によって、がんが悪化することが報告されました。Sayinらのグループは、肺がんモデルマウスに抗酸化物質(N-アセチルシステインあるいはα-トコフェロール酢酸)を摂取させた場合、がんの進行が早くなることを報告しています7)。その原因として、抗酸化物質DNAの損傷を消去することで、がん細胞のDNAの酸化損傷が抑制された結果、がん細胞の増殖スピードが速くなることを挙げています。さらに、がん細胞の増殖は、活性酸素やDNA損傷によって活性化されるがん抑制遺伝子p53によって制御されていますが、抗酸化物質によって、p53の活性化に必要な活性酸素やDNA損傷が減少することで、がん細胞の増殖が速くなることも、がんの進行を早める原因であると報告しています。これらのことから、彼らは肺がんの進行を予防するために、抗酸化物質を用いることは推奨できないとの見解を示しています。また同グループの研究において、抗酸化物質の摂取によって、悪性黒色腫のリンパ節転移が促進されることや8)、別のグループの研究でも、酸化ストレスが遠隔転移の抑制に寄与していることなどが報告されており9)がんの種類によっては、過剰な抗酸化物質の摂取は控えた方がよいものもあるようです。
 現在、健康維持、栄養成分の補給、疲労回復、ダイエット、病気の予防だけでなく、病気の治療目的のために、健康食品やサプリメントを利用する人が増えています10)抗酸化物質を含む健康食品やサプリメントも多くありますが、製品の品質、科学的根拠の質と量の面で医薬品とは異なります。例えば、ビタミンEの場合、その含有量が国の基準を満たしている製品は、保健機能食品(栄養機能食品)に分類されますが、疾病の診断、治療または予防にかかわる表示はありません。どのような製品をどのような目的で購入し、摂取するのかは個人の自由です。しかし、これらはあくまでも疾病に羅患していないヒトが、健康をサポートするための栄養成分の補給・補完を目的に利用する食品であり、ある特定の疾患の治療目的に使用するものではありません。過度な効果を期待しての健康食品やサプリメントの過剰摂取には十分に気をつけた方がよいと考えられます。

 キーワード: 活性酸素、抗酸化物質、がん

【参考資料・文献】

1)柴田均.活性酸素はすべて悪玉か?日本農芸化学会誌, 77, 573-575 (2003)

2)Godic A, Poljšak B, Adamic M, Dahmane R. The role of antioxidants in skin cancer prevention and treatment. Oxid Med Cell Longev. 2014, 860479 (2014)

3)Westerlund A, Steineck G, Bälter K, Stattin P, Grönberg H, Hedelin M. Dietary supplement use patterns in men with prostate cancer: the Cancer Prostate Sweden study. Ann Oncol. 22, 967-972 (2011)

4)Key TJ, Appleby PN, Travis RC, Albanes D, Alberg AJ, Barricarte A, Black A, Boeing H, Bueno-de-Mesquita HB, Chan JM, Chen C, Cook MB, Donovan JL, Galan P, Gilbert R, Giles GG, Giovannucci E, Goodman GE, Goodman PJ, Gunter MJ, Hamdy FC, Heliövaara M, Helzlsouer KJ, Henderson BE, Hercberg S, Hoffman-Bolton J, Hoover RN, Johansson M, Khaw KT, King IB, Knekt P, Kolonel LN, Le Marchand L, Männistö S, Martin RM, Meyer HE, Mondul AM, Moy KA, Neal DE, Neuhouser ML, Palli D, Platz EA, Pouchieu C, Rissanen H, Schenk JM, Severi G, Stampfer MJ, Tjønneland A, Touvier M, Trichopoulou A, Weinstein SJ, Ziegler RG, Zhou CK, Allen NE; Endogenous Hormones Nutritional Biomarkers Prostate Cancer Collaborative Group. Carotenoids, retinol, tocopherols, and prostate cancer risk: pooled analysis of 15 studies. Am J Clin Nutr. 102, 1142-1157 (2015)

5)Mondul AM, Rohrmann S, Menke A, Feinleib M, Nelson WG, Platz EA, Albanes D. Association of serum α-tocopherol with sex steroid hormones and interactions with smoking: implications for prostate cancer risk. Cancer Causes Control. 22, 827-836(2011)

6) Klein EA, Thompson IM Jr, Tangen CM, Crowley JJ, Lucia MS, Goodman PJ, Minasian LM, Ford LG, Parnes HL, Gaziano JM, Karp DD, Lieber MM, Walther PJ, Klotz L, Parsons JK, Chin JL, Darke AK, Lippman SM, Goodman GE, Meyskens FL Jr, Baker LH. Vitamin E and the risk of prostate cancer: the Selenium and Vitamin E Cancer Prevention Trial (SELECT). JAMA. 306, 1549-1556 (2011)

7) Sayin VI, Ibrahim MX, Larsson E, Nilsson JA, Lindahl P, Bergo MO. Antioxidants accelerate lung cancer progression in mice. Sci Transl Med. 6, 221ra15 (2014)

8) Le Gal K, Ibrahim MX, Wiel C, Sayin VI, Akula MK, Karlsson C, Dalin MG, Akyürek LM, Lindahl P, Nilsson J, Bergo MO. Antioxidants can increase melanoma metastasis in mice. Sci Transl Med. 7, 308re8 (2015)

9)Piskounova E, Agathocleous M, Murphy MM, Hu Z, Huddlestun SE, Zhao Z, Leitch AM, Johnson TM, DeBerardinis RJ, Morrison SJ. Oxidative stress inhibits distant metastasis by human melanoma cells. Nature. 527, 186-191 (2015)

10)厚生労働省 生活衛生・食品安全部基準審査課新開発食品保健対策室 「健康食品による健康被害の未然防止と拡大防止に向けて」(平成28年2月改定)
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/dl/pamph_healthfood.pdf

(2016年6月1日 掲載)

日本薬学会 環境・衛生部会

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